一、纏座の興行

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 十字に敷かれた細い通路の上を渡り、声のした方へ駆け寄る。環は上背があっても全体的に細いため、こうして狭い客席内を動き回ることも苦ではない。 「はい、キャラメルですね。十銭です」 「おう。やっぱ活動って言ったらキャラメルだろう」  紙の箱と引き換えに小銭を受け取る。暑くなってきたのでキャラメルは売れ行きが悪いかと思ったけれど、そうでもない。予想通り、瓶ラムネは多く出ていた。なるべく冷えたものを出すために、売り子用の木箱には数本のみ入れ、こまめに補充をしている。そのせいで、普段よりも往来が激しい。 「環くん、ラムネくれ!」 「はい、ただいま」  立ち見席も人がひしめき合っていて、劇場を閉め切る前から息苦しさを感じた。もう一度休憩時間の調整を考えた方がいいかもしれない。 「横山くん」  環はまだ幼さが残る顔立ちの少年を呼び、木箱を預けた。 「売り子を頼むよ。客席案内はサヨたちに任せるから。数は確認してあるから、売れた個数は逐一つけなくても大丈夫」 「は、はい」  纏座の勤め始めてまだ一ヶ月、金銭のやり取りを一人で経験していない少年は、緊張した面持ちで小銭が音を立てる巾着を受け取り頷いた。 「重いから気をつけて。お客様にぶつけないようにね」 「はい!」 「ありがとう、よろしく」  環が微笑むと、横山はほんのりと頬を染めもう一度頷いた。  環の整った顔を、間近で見ることのある纏座の従業員は大半が知っている。本人が隠したがっていることを察し、纏座の人間以外からはさりげなく庇うようにしてくれてもいた。  環もサヨ同様、そんな職場を大切に思っている。  入り口まで戻った環はサヨと改札係している文子に横浜の補佐を頼み、暗幕や照明を担当する男衆、映写技師の外崎(とのさき)、弁士全員と主任楽士に声を掛けて回り、舞台袖に集合した。  それだけで、身体はじんわりと蒸した。残暑とはいえ、扇風機数台だけでは対応しきれないかもしれない。 「換気の回数を増やそうと思うんです。できるだけ話は切りたくないですが、今日は暑いし人も多い。下手したら外崎さんから倒れてしまう」  映写室は上階にあり熱気が集まる上、籠もった小さな部屋でずっと映写機の取っ手を回している。フィルムは燃えやすいので、特に熱への対処には気をつけているが、まず真っ先に影響が出るのは確かだった。 「誰かに助っ人に入ってもらおうにも、それはそれで暑くなるしな」 「ええ、空気も薄くなります」  恰幅のいい外崎はすでに肌着一枚、額には捻り鉢巻きをしている。剥き出しになった腕は鍛えられていて太い。この腕があるから、上映中ずっと映写機を回せる。外崎以外が技師をするのなら、交代しながらでないと無理だ。 「しかしあんまり途切れさせると観客から文句も出そうだな」  主任楽士、柳川(やながわ)の言葉に、青垣も頷いた。 「同じものを流しても感じ方も変わっちまうからな」 「そうなんです。なので、知恵をお貸しください」  開演時間が迫っていたため五分程で手早く打ち合わせ、それぞれ持ち場に散った。環が館内を見て回ると、売り子を頼んだ横山が楽しそうに接客をしていた。混雑してはいるが、客席で騒動が起きている様子もない。 「環、大丈夫そうかい?」
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