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庭の神木のツツジの花が満開になるとつつじもそわそわとして御簾を開ける時間が長くなる。樹齢数百年にも及ぶが、毎年見事に花を咲かせる。
「小太郎、小太郎」
「なんだ」
いつものようにつつじの部屋のそばで素振りをしていると声をかけられた。
「花が近くで見たいのじゃ」
「折ってくるか?」
つつじは頭を振って両手を出して来た。
「おぶうてたも」
小太郎は言葉に詰まった。つつじはもう年頃。おぶえないことはないが、はしたないと言われるのではないだろうか。結局乳兄弟、兄としてしか見られていないのはわかっているのだが。
「ダメか?」
ねだるように顔を覗き込まれて、小太郎は背を向ける。
「少しだけだぞ」
「ありがとう」
嬉しそうに笑ったつつじをおぶって神木のそばに行く。ツツジの花のあまい匂いが鼻をくすぐった。花の美しさよりもつつじが軽いことや、やわらかいことが気になって小太郎は落ち着かなかった。
「きれいじゃのう。わらわはこの花が一番好きなのじゃ」
無邪気な声に小太郎はくと笑う。
「御神木の花は特別きれいだもんな」
不意と背中に頬が触れてドキリとする。
「そばで見ると格別じゃ」
小太郎は急いで敷物を持ってこさせ、つつじを下ろす。
「なんじゃ?」
「ここでゆっくり見ればいいだろ。すぐに傘も持ってこさせるから」
つつじはうれしそうに笑って扇で顔を隠す。
「よい計らいじゃ。皆に酒を振る舞え。飲みすぎぬようにな」
急に始まった花見だったが、自然と人々が集まり、宴の様相を呈し始めた。
「そちがこのようなことをするは珍しいな」
直景も姿を見せ、つつじの隣に座った。
「いけませぬか?」
「いや、心浮き立つことはよいことじゃ。神木も喜んでおろう」
直景はツツジの花に盃を上げる。
「そちの名は長く生きるようこの木からもろうたのじゃ。ひなも花の香が好きだと言うておった」
懐かしみ、愛しむように彼はつぶやいた。直景は娘の頭をやさしく撫でる。
「つつじ、誰と縁付いても良い。すべて袖にしてもかまわぬ。父はそちがどう生きようと良いのだ。ただ幸せになってくれればそれでよい」
「とと様、わらわは……」
「なんじゃ?」
父にやさしい目で見つめられて、つつじは目を伏せる。
「なんでもありませぬ。つつじはとと様のそばが一番でございます」
直景は声を上げて笑う。
「わしも子離れできぬと叱られるが、そちも父離れせねばの」
「考えておきます」
彼の言う通り、つつじはいつ縁付いてもおかしくない年頃を迎えている。
「とと様、わらわより小太郎が独り身なのは気にならぬのでございますか?」
すぐそばに控えていた小太郎がぎょっとした顔で振り返った。直景は苦笑いを浮かべる。
「小太郎もうんと言わぬのじゃ。それに何より、小太郎が嫁をもろうたら寂しがるのはそちであろう」
つつじは扇で顔を隠す。
「そんなことございませぬ!」
「思いとはままならぬものじゃの」
直景はため息交じりに呟いて去って行った。なぜか互いの顔を見られない二人だった。
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