気配

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気配

 事が起こったのは、ある夜のことだ。映像の消えたフィルターの下、人々が眠りについた頃、それは密かに始まった。  最初は、誰一人として異変に気付かず、通常通りの点検を行っていた。  二人の部屋にも、次々『異常なし』の声が聞こえてくる。映像にも、もちろん何の変化もなかった。だが。 『Tブロック……ん?』 「どうした、何か異常か!?」  室内に緊張が走る。マイクに身を寄せるレディンの脇、ニネットが一層映像に近寄った。  だが、見えるのは点検員の手と、窓を打ち付ける雨だけだ。いつもの光景と変わりない。 『あ、いや、フィルターに異常はないのですが地上に違和感がありまして』  何と言うか、いつもより明るく見えるんです。気のせいかもしれませんが。と、点検員は続けた。  カメラを操作し、視点を地上に向けてみる。だが、かなりの高所に設置されているせいで、ぼんやりとしか映らなかった。 「ニネット、どう思う?」 「さぁ、私には普通の地上にしか。けれど、私たちより作業員の方々の方が下を見る機会は多いから。確認すべきだと思うわ」 「そうだな、地上部に連絡を入れよう」  些細なことでも見過ごさないのは、職業上培った性質だ。一応、地上部に確認を要請する――そう点検員に告げ、ニネットへと目配せする。ニネットは頷くと、席を交代し管理を引き継いだ。    その後、レディンはすぐ地上部へと連絡を入れた。  地上部というのは、文字通り地上を管理する部署である。上を管理するこの部とは、全く違う管轄の会社だ。時々連絡を取ることはあるが、基本は完全分離体制で仕事をしていた。 「ニネット、交代するよ」 「連絡はついた?」 「うん。すぐ確認に出ると言っていたよ」 「じゃあ大丈夫ね。さっきはフィルターに何かあったんじゃないかってちょっと焦っちゃったわ」  地上部に回してしまえば、あとは委ねるのみだ。自分たちは上の管理を精一杯おこなう。その信念のもと、再び業務に腰を入れた。 「マニュアルはあるとしても、やっぱり故障は大変だからね。で、進行は?」 「順調よ。異常はないわ」    言いながら、ニネットが笑った数時間後のことだった。
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