チヨの変災

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チヨの変災

 デパートガールをクビになった後、他の仕事を20個した。全部クビになった。  お母ちゃんはため息をついていた。 「結婚までは外で働いて社会勉強して欲しかったんだけどね。まぁ、クビになったのも社会勉強だったのかもね」とようやくあたしのことを諦めてくれたのでやれやれやっとのんびりできると屋根に寝転んで空を眺めて暮らそうとしたら喫茶店で働けと怒られた。なので喫茶店で働いた。小遣いは出たがお給金は出なかった。  倫之介は書生の仕事と勉強と学校で忙しいのに喫茶店が終わってから毎日会いに来てくれた。清四朗は暇なのか学校帰りや休みの日に毎日喫茶店に来ていた。  喫茶店で働く日々はあっという間に過ぎた。そして大正12年、あたしは18歳になっていた。  その年のまだまだ暑い日が続く9月1日は台風が近づいていると新聞の天気予告に書いてあったそうで、昨日はいろんなお客さんが話題にしていた。台風の影響なのだろう。風がいつもより強く吹いていた。窓が風でガタガタと鳴っている。  12時を過ぎるとお昼ご飯を食べにお客が来るので、あたしとお母ちゃんは料理の下ごしらえで忙しかった。時計の針が12時くらいになり、そろそろお客が来るかと思ったとき、なんだか地面が僅かに揺れ始めた。 「なんだ!?地震か!?」  天井を見上げると、電気線でぶら下がっている大きな丸い電球が大げさにゆらゆらと揺れていた。お母ちゃんはガスかまどの火を消して「ここから離れなさい」とあたしの腕を引いてカウンターの中からドアのほうへ向かった。  揺れはだんだん激しくなり、あたしとお母ちゃんは店の真ん中らへんで立っていられなくなってしゃがみ込んだ。  食器棚が倒れてガラスや皿が割れる音やかまどが落ちる音がしてカウンターを見ると倒れた棚と割れたガラスまみれになっていた。揺れは更に激しくなる。  天変地異なのか?  今までにない強烈な揺れにあたしは恐怖から目をきつく閉じていた。そのとき「チヨ!!!」というお母ちゃんの声がしてお母ちゃんがあたしを突き飛ばし、倒れたあたしの腰から下に覆い被さったのが分かった。と同時に何か大きな物が落ちる音がした。  それから少しして揺れが収まり、目を開けて辺りを見回した。椅子とテーブルがひっくり返り、天井から落ちた木片が散らばっている。うつ伏せのままお母ちゃんの体温を感じる腰から下を見たあたしは目を疑った。  お母ちゃんの足の上に、天井でむき出しになっていた大きな梁が割れて落ちていたのだ。 「お母ちゃん!!!」  割れた窓や歪んで隙間ができた壁から吹き抜ける強い風を受けながら、お母ちゃんの足に乗っている梁をどかせたくて持ち上げようとした。  少しは動くがお母ちゃんの上からどかせられる気配がない。  お母ちゃんは弱々しい声で「逃げなさい」と言っている。そうこうしているうちにまた揺れ出した。さっきほどではなく、立っていられる揺れで、少ししたら止んでいったが、壁が斜めに傾いていて、何度も揺れたら店が全て崩れてあたしもお母ちゃんもペチャンコになりそうだった。  あたしは焦りながら必死で梁を持ち上げようとしていた。するとお母ちゃんが弱々しい声で怒った。 「早く逃げなさい!!」 「いやだ!!!」  あたしの目からは涙があふれていた。早くしないとお母ちゃんが死んでしまう。 「うぬぐぅぅぅぅ」  声にならない声を出しながら梁を持ち上げようとしていたとき、急に梁が軽くなって持ち上がった。と同時に横から声がした。 「僕が持ち上げてる間にかやさんを引きずり出して!!!」  そう言いながら梁を持ち上げていたのは倫之介だった。
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