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瑞代は夢うつつ・1
お母様が亡くなった。お父様は行方知れず。使用人は出て行った。でもうたは居る。
――じゃぁ倫之介さんは……?倫之介さんは何故学校から戻ってらっしゃらないの……?
わたしは何が起きているのか分からなかった。
居間に行ってみると日めくりカレンダーが大正13年の1月8日になっていた。
あら?いつの間に年を越したのかしら?それにこのカレンダー、うたの字で手作りじゃない。
広い居間は静まり返っていて、どうしようもない寂しさが押し寄せてきた。
そうだ。葉っぱの純愛ブルースを読もう。
着物の裾に入れている葉っぱの純愛ブルースを取り出した。
『青之介は多江にそっと口吸いを行った』
まぁ!口吸いだなんて!なんて大胆なの!嗚呼、青之介素敵!
そのときわたしのお腹が悲痛な悲鳴をあげた。
そういえば最近大根しか食べてないわね。どうして大根なのかしら?
部屋を出たわたしは大声を出しながら歩いた。
「うた~!うたはどこ~?」
「はい、お嬢様」
うたは台所で大根を洗っていた。
「ねぇ、うた。どうして最近大根ばかりなの?」
「あ……お嬢様……それは……」
「なに?」
「大変申し上げにくいのですが、松尾家から食費がもらえず、わたくしめの貯金を切り崩して作っている状態でして、先が分からぬ故切り詰めている次第でして……」
「あら!なぜそれを早く言わないの!?お金ね!ちょっと待ってて!」
お金はお母様の部屋のタンスの1番上の引き出しにあったはずだわ。わたしはお母様の部屋のドアをノックした。
「お母様、いつまで引きこもっているの?うたに食費とお給与を渡してあげないと」
『食費とお給与?』
「そうよ。入るわよ?」
歪んで固くなったドアを強く引いて開けると、誰も居なくてベッドの上の布団も綺麗に畳まれた状態だった。そしてふと思い出した。
「あ……そっか……お母様はもう……」
心にポッカリと穴が開いたみたいな寂しさを覚えながら、タンスの1番上の引き出しを開けて、桐で出来た貴重品入れの箱を手に取って開けた。中は空っぽだった。
「使用人たちが持ち逃げをしました……」
いつの間にかドアの前に来ていたうたが申し訳なさそうな声で言った。
「……あら……そうなの……じゃぁ今、松尾家にはお金がないってことなのね……」
そっか。お金がないからお母様が亡くなってお父様と倫之介さんが帰って来なくなったのね。ならお金があればまた全て元に戻るんだわ。
「待ってて、うた!わたしが何とかするから!」
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