倫之介の追憶・1

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 人見知りでなかなか友達が出来ず、教室の隅に1人でいる僕にチヨちゃんが話しかけにくるようになったのは入学式から1週間経った頃だった。 「絵、じょうずだね!」  休憩時間にノートに描いている僕の絵を覗き込んだチヨちゃんに驚き、思わずノートを閉じた。何故なら僕が描いていた絵はチヨちゃんの絵だったからだ。 「さっきの絵あたし?」  僕は何も答えることが出来なかった。そのとき清四朗くんが絡んできた。 「りんのすけ、おまえ男のくせに女といっしょにいるのかよ」  その言葉裏に嫉妬があることは当時幼かった僕にも分かった。僕は清四朗くんが怖かったけれども頑張って言い返した。 「べ……別に……男も女もかんけいない……ぼくはチヨちゃんと話せてうれしい……」 「チヨが娼婦の子だからだろ!このすけべいが!」 「ちがう!!チヨちゃんやチヨちゃんのおかあさんを悪く言うな!!」 「んだと!!?かっこつけやがって!!!」  清四朗くんの拳が上がり、僕の顔にめがけて下りてきたのでとっさに目をきつく閉じていた。しかし少ししても拳が僕に直撃することは無く、恐る恐る目を開けてみるとチヨちゃんが清四朗くんの拳を片手で受け止めていた。チヨちゃんは言った。 「けんかはやめろ。なにをそんなに怒ってるんだ。空を見ろ」  そう言いながら僕の席のすぐ横にある窓から空を仰ぐチヨちゃんにつられて僕も清四朗くんも空に視線を向けていた。 「あんなに大きくてきれいな空を見ていれば嫌なことなんてすぐにふきとぶだろ。空には物語がある。あの小さな雲は赤ちゃん雲でおかあちゃんを探しているんだ。ほら、おかあちゃんがいたからくっついただろ」 「なに言ってんだおまえ?」  呆れたように問いかける清四朗くんにチヨちゃんは空を見たまま続けた。 「あたしは空が好きだ。一生空をながめていたい。なぜなら空は大きくて世界とつながっていて物語があってきれいだからだ」 「おまえは空ばっか見てるから頭が空っぽなんだな」 「ほめるな。てれる」 「ほめてねーよ」    この日から何となくこの3人で居ることが増えた。1人でいる僕を気にして声をかけてくるチヨちゃんを見た清四朗くんがヤキモチで寄ってくるというパターンが繰り返されたのだ。  ある日チヨちゃんは言った。 「あたしはお金持ちとけっこんするらしい。おかあちゃんが言ってた。けっこんは生活だからびんぼう人はだめだって」  それを聞いた僕は落ち込み、清四朗くんは頬を緩ませた。 「オレん家はしんせきも含めて金持ちだ。四男だがうちのあきないは手広いから兄弟で力を合わせてけいえいするように言われている」  チヨちゃんはあっけらかんと「そうか」と答えたのち僕に視線を向けた。 「りんのすけはあたしのことが好きなんだろ?」  僕の心臓が飛び跳ねた。 「え……!?」 「いつもあたしの絵をかいているっておかあちゃんに言ったらりんのすけはあたしのことが好きなんだって言ってた。だから大学に行ってお金持ちになってくれ」 「え……?」  チヨちゃんも僕のことが好きってことなんだと受け止めた僕は身体が熱くなり心臓が早く波打った。一方清四朗くんの表情は険しくなった。 「は?りんのすけなんて一生びんぼうに決まってるだろ!売れない物書きの息子が!大学なんて行く金ねぇしムリだ!」 「びんぼうでも書生になればいいっておかあちゃんが言ってた」  僕はドキドキとしていた。大学に行けばチヨちゃんと結婚が出来る。チヨちゃんは僕と結婚がしたいんだと思うと何でも出来そうな気がしていた。  その日から僕は絵を描く時間を減らして勉強をするようになった。  やがて3年生になると男女別学になりチヨちゃんと僕たちは離ればなれになった。  僕を含め、くたびれた着物姿の子どもたちとは違い、チヨちゃんは、綺麗で派手な着物や袴を身にまとい、髪型やリボンも毎日違う。そんな彼女は何処に居ても目立っていて、顔もかわいいから多くの男子がチヨちゃんをいつも見ていた。 「悪女の娘」などと悪口を言いながらも常にチヨちゃんの姿を目で追い、朝から晩までチヨちゃんのことばかりを話している彼らもまたチヨちゃんのことが好きなのだと思った。  けれどもチヨちゃんが好きなのは僕で、僕が大学を卒業してお金持ちになったら結婚するんだと思うと、気持ちに余裕が出来たし優越感にひたることが出来た。
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