清四朗とチヨ・2

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清四朗とチヨ・2

 チヨが当面家に残ることになり俺は胸をなで下ろしていた。  そしてやはり俺はチヨを諦めたくは無いと思っていた。  翌日、朝食を取りながら俺はチヨに言った。 「今週の日曜はみんなでどこかに出かけないか?」  チヨは自分のどんぶりに卵を5つ入れて卵かけご飯をつくっていた。チヨはいっぱい食うので毎食どんぶりで食っている。 「おお!!いいな!!お母ちゃんとニワさんと4人でお出かけだ!!」  目を輝かせてそう言いながら卵かけご飯の上から味噌汁をかけて混ぜた。チヨはニワが来て卵が有り余るようになってから毎朝そうやって食うのが日課になっている。 「どこへ行きたい?」 「野原!!!」 「どこの?」 「遠く!!!」  俺はチヨの母親に視線を向けると「遠くの野原でいいですか?」と確認をとった。  チヨの母親は微笑みながら口の中に入っているものを呑み込んでから答えた。 「わたしとニワさんは家でゆっくりと留守番をします。2人で楽しんで来てください」  そう言うチヨの母親は意味深な笑みを浮かべた。俺に気を遣ってチヨと2人きりにしてくれようとしているのが分かった。  チヨが残念そうな声を上げた。 「何故だ!!?お母ちゃんもニワさんも一緒がいいのだ!!!」 「ニワさんはニワトリだからあまり長い間自動車でジッとしているのは辛いと思いますよ?走っている途中でニワさんが自動車から飛び出して死んでしまってもいいの?」 「いやだ!!!」 「わたしも足がまだ完全に治ってないし、今週の日曜日は清四朗さんとチヨとで遠くへ出かけて、その話をあとで聞かせて欲しいの。いいでしょ?お願い」  チヨの母親は眉がしらを上げて微笑みながら両手を顔の前で合わせて首を少しかしげた。チヨは母親にお願いをされて何も言えなくなったようで、大人しくなった。 「……分かった……」  元気をなくしたチヨに俺は問いかけた。 「俺と二人きりは嫌か?」 「嫌ではない」 「ならせっかくだから楽しく行かないか?俺はチヨと出かけるのが楽しみだ」 「おお……そうだな」  その週の日曜日の朝、チヨの母親とニワに玄関で見送られながら俺とチヨは家を出た。 「お母ちゃん、あたしが居なくても大丈夫だろうか?」 「昼も夜も飯は作ってきたんだろ?」 「そうなのだが……」 「早めに帰ろう。美味しい土産を持って」  チヨの目が輝いた。 「おお!!!土産!!!何がいいだろうか!!?」 「あっちこっち見て回ろう」 「おお!!!」    俺は昨晩、食事を終えてからチヨが便所へ行った隙に、チヨの母親が俺に言ったことを思い出していた。 『チヨはわたしのせいで悪女の娘だと噂されてしまい、友達が出来ずに18になってしまいました。今年で19になります。この歳になっても母親離れが出来ないのは、ずっとわたししか居なかったからでしょう』 『清四朗さんがチヨを憎からず想ってくださっていることは分かっております。だからここまで良くしてくださっていることも』 『明日もチヨはきっとわたしが居ないから早く帰りたがるでしょうが、気にせず夜までゆっくりしてきてください』  と言われた訳だが、とりあえずチヨを無理やり夜まで連れ回す気は無いし、今日はチヨが少しでも楽しくなってくれればいい。  ただチヨの母親がチヨの相手は俺でもいいと思っていることが分かったのは収穫だった。 「おお!!清四朗!!あそこにも野原があるぞ!!!」 「そこにしとくか?」 「おお!!」  なんで野原なんて来たがるのかは分からんが、チヨがよろこぶなら何でも良かった。  自動車を降りたチヨは「わ――!!!野原だ野原――!!!」とよろこんで駆けずり回っていた。それを見ながら俺は頬を緩めていた訳だが、チヨが「清四朗も来てくれ!!!」と呼ぶので、ゆっくり歩いていたら、チヨは「遅い」と言って駆け寄って来ると、俺の腕を引っ張った。 「ここにたんぽぽがたくさん生えている!!!」  そう言いながらチヨはその場に寝転んだ。  服が汚れると思ったが、チヨがうれしそうにしているのでそのまま見守っているとチヨが俺と目を合わせて言った。 「清四朗も寝転んでくれ!!」  俺はチヨのすぐ隣に腰を下ろすとそのまま寝転んだ。もう服とかどうでもいいわ。  チヨはため息交じりに言った。 「空が綺麗だ」 「そうだな」 「あたしは空が好きだ」 「知ってる」 「あの大きな雲がお母ちゃん雲で、小さな雲が赤ちゃん雲だ!!赤ちゃん雲はお母ちゃんを見つけたからくっついたんだ!!」 「ああ」 「あの雲がお母ちゃん雲で、あれがニワさん雲で、あれが清四朗雲だ!!」 「そうだな」  チヨはずっとうれしそうにしゃべっていた。  一緒に寝転んで空を見てチヨのうれしそうな声を聞く。それだけなのに俺は幸せだと感じていた。 「チヨ……好きだ……」  俺はポツリとつぶやいた。  チヨはしゃべるのを中断させると俺を見た。 「なんだ?」 「なんでもない」  そのまま俺とチヨはつかの間うたた寝をしていた。  この幸せが10年後20年後も続いてくれればいいのにとそう思っていた。
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