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チヨと瑞代ちゃん・1
瑞代ちゃんと一緒に居ると楽しい。
瑞代ちゃんは友達であたしのお姉ちゃんだ。
あたしが妹だと言ってもずっと友達でいてくれるだろうか?
食後のメロンソーダを飲みながら瑞代ちゃんが言った。
「おチヨちゃんは清四朗さんがいるからいいわね。わたしの好きな人は家の書生なんだけど、その人には婚約者がいるの……」
「え……?」
――書生……?
書生って倫之介のことか……?
あたしの心臓はドクンドクンと大きな音を立てていた。
瑞代ちゃんは悲しそうでありながらも笑顔で続けた。
「諦めなきゃって分かっているのだけど、そう思えば思うほど胸が苦しくなって、諦めるどころか、そのかたに会いたいって気持ちが溢れ出してきて……」
「……その書生はなんて名前なんだ……?」
「倫之介さんよ。佐々木倫之介さん」
あたしは頭を殴られたような衝撃を受け、全身に鳥肌が立った。
瑞代ちゃんが倫之介のことを好き……?
瑞代ちゃんはポツリとつぶやいた。
「倫之介さんの婚約者のかたが羨ましいわ……」
あたしは心がキュッと苦しくなった。
瑞代ちゃんはずっと悲しげな顔のまま微笑んでいる。
「わたしね、恋愛ではいつも脇役なの。初恋の人には許嫁がいたし、次に好きになった人はすでに結婚していて。で、今好きな倫之介さんも婚約者がいる。だからね、空想することにしているの。主人公になったわたしを。現実は辛いことばかりだもの。空想の中でくらいなら幸せになってもいいと思わない?」
そう言う瑞代ちゃんの目には涙が溜まっていた。
あたしも何だか心が痛くなって目が熱くなって涙が溜まっていた。
喫茶店を出た瑞代ちゃんとあたしは手を繋いで町を歩いた。あたしの心の奥底には倫之介のことが重く引っかかっていたが、考えないようにした。瑞代ちゃんの手は冷たかった。
「おチヨちゃんの手、とても温かいわ」
瑞代ちゃんは優しく微笑んであたしを見た。
「わたしここ最近ずっと手と足が冷たくて、眠れないときもあるの」
「おお、それは大変だな!!あたしが瑞代ちゃんの手を温めてやる!!」
「うふふ。ありがとう」
瑞代ちゃんは嬉しそうに笑った。
あたしはその笑顔がうれしかった。
瑞代ちゃんは悲しい顔より笑っている顔のほうが似合っている。
あたしはすれ違う人々を見た。
女の子の友達同士は手を繋いで歩いている人がたまにいる。あたしは女友達と町を歩くのも女友達と手を繋ぐのも初めてだ。
学校でも手を繋いでいる女の子たちがいて、子どものときは羨ましかった。
あたしにも友達が出来たんだ。手を繋いで歩くんだ。瑞代ちゃんが大好きだ。
瑞代ちゃんと一緒に、建ったばかりの新しい百貨店に入った。
「ねぇ、おチヨちゃん、お揃いのもの買わない?」
そう言いながら瑞代ちゃんは髪飾りを見た。
あたしはうれしくて「おお!!買う!!!」と即答した。
「このリボン可愛いわね」
「おお!!かわいい!!!このお花も可愛いな!!!」
「本当ね」
あたしと瑞代ちゃんはお揃いの髪飾りを5つずつ買った。
それぞれお会計を終えると瑞代ちゃんが微笑みながら言った。
「今から付けていきましょ?」
「おお!!!」
瑞代ちゃんとあたしは耳隠しに髪を結っていて、そこにお揃いの白い花の髪飾りをつけた。
あたしたちの後ろにいた店員さんが言った。
「お二人ともよくお似合いですね。姉妹ですか?」
あたしはドキッとした。
瑞代ちゃんが笑顔で答えた。
「違いますけどそう見えるならうれしいです」
瑞代ちゃんの言葉にあたしもうれしくなった。
もし本当に妹だと知ってもこうやって喜んでくれればいいのだが。
あっという間に17時になり、昼前に待ち合わせした喫茶店に戻ると清四朗が迎えにきた。瑞代ちゃんも一緒に自動車に乗って松尾邸に届けると、名残惜しく思いながら手を振って別れた。
清四朗は運転しながら斜め後ろの席のあたしに問いかけた。
「楽しかったか?」
「おお!!楽しかった!!!」
斜め後ろから見る清四朗の顔が微笑んだ。
あたしは恋の話以外の話してもいい話だけをたくさん清四朗に話した。
清四朗は微笑んだまま「そうか」「そうか」とうれしそうに聞いてくれた。
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