63人が本棚に入れています
本棚に追加
瑞代の新生活
清四朗さんの自動車で家まで送ってもらったわたしは、自動車の窓から手を振って去って行くおチヨちゃんに手を振り返しながらどうしようもない淋しさを感じていた。
もっと一緒に居たかったな。
自動車が見えなくなって門をくぐり玄関を開けると、うたが血相を変えて奥から飛び出して来たの。
「お嬢様!!!大変です!!!屋敷中の窓が盗まれました!!!」
「……え……?」
「買い物に行って帰って来たら屋敷中の窓が無くなっていたのです!!!」
「うそ!?」
驚いたわたしは慌てて靴を脱いで屋敷中の部屋と廊下の窓を見て回ったわ。うたの言う通り窓は全て無くなっていて、冷たい風が屋敷中を突き抜けていて呆然とした。
「どうして窓なんかを……」
そう呟いてすぐにハッとしたわたしはお母様の寝室にあるタンスの引き出しを開けてわたしが貯めたお金が盗まれてないかの確認をした。
木箱の中の封筒に入っているお金は全て入っている。
ホッと胸をなで下ろすと、ドア前に立って心配そうにわたしを見ているうたに振り向いた。
「警察に言わなくちゃ」
「もう言いました。お嬢様が帰って来る前に調べ終えて帰って行きました。それよりこんな寒い屋敷では生活出来ません。しばらくは松尾商会で暮らすしか無さそうですね」
「そうね……。だったらお母様とお父様が帰って来た時のために手紙を書いておかないと」
そう言うわたしをうたは涙目になって見ていたわ。うたは最近この目でわたしのことをよく見るようになった。うたも苦労したから早くお母様とお父様に帰って来て欲しいのね。
手紙を書いて居間の座卓の上に置いたわたしは、うたと一緒に荷造りをして荷車に乗せると松尾商会へと向かった。
うたが荷車を引くと言って布団などが乗った荷車を引いた。歩いて20分くらいの場所だし、途中で疲れていそうだったら交代してあげなくちゃ。
松尾商会はお父様から来るなと言われていたから、前を通り過ぎることはあっても中に入ったことは一度も無くて、お父様の許可も無く勝手に行くことには罪悪感があるけど仕方ないわよね。
陽はすっかり落ちていて、街灯に照らされた道を歩いていると、震災で無くなって新しく建て直した真新しい家が建ち並ぶ中で、昔から変わらない姿の松尾商会が建っていて、窓からは電気が漏れていた。
わたしは立ち止まって思わず呟いた。
「お父様……」
うたは「え……?」と戸惑ったような声を出してわたしを見ていて、わたしもうたに視線を向けて目を合わせると喜びながら言ったわ。
「お父様が戻って来たのよ!!!」
わたしは松尾商会のほうへ駈け出していた。
後ろからはうたが「お嬢様!!!」と叫んでいたけど気にせず、わたしは松尾商会の引き戸に手を掛けて開けようとした。
松尾商会に勝手に入ったら怒られるだろうけど、怒られてもいいわ!!!だってお父様に会えるんですもの!!!
けれども戸は閉まっていて開かなかった。
「お父様!!!瑞代です!!!開けてください!!!」
多分震災でガラスが割れてからここだけまだ直してないからだと思うけど、引き戸には板が打ち付けてあって、その板の部分を何度も叩いたわ。すると引き戸の向こう側でガタガタと鍵を開ける音がして、わたしはお父様が戸の向こう側に居ると思うと嬉しくて目には涙が溢れていたの。
ガラガラと音を立てながら引き戸が開いて、思わず「お父様……!!!」って呼びかけたと同時に倫之介さんの姿が現れた。
「え……?」
倫之介さんは勉強をする為に学校に泊まり込んでいるんじゃないの?
訳が分からないわたしは呆然としたまま倫之介さんと見つめ合っていて、何だか恥ずかしくなってきたけど、目を逸らさずに見つめたわ。
倫之介さんは驚いたような戸惑ったような顔をしていた。
「どうかしたのですか……?」
「あ……窓を全部盗まれてしまいまして……」
「窓を……?」
そのとき、わたしの背後にいたうたが説明してくれた。
「留守にした隙に屋敷の窓が全て盗まれてしまって屋敷に住めなくなってしまったのです。だから松尾商会に引っ越して来たのです」
「え……?」
戸惑う倫之介さんを尻目にうたはわたしと倫之介さんに「ちょっと失礼」と言いながら引き戸を全開にすると荷車を引いて松尾商会に入り込んだ。
「布団や荷物を部屋に運びますから倫之介さんも手伝ってください」
店の奥の家の中へと続く廊下の前に荷車を置いたうたはそう言うなり、掛け布団を抱えながら草履を脱ぐと廊下の奥へと進んで行った。
「あ……わたしも手伝うわ……!」
わたしは急いでもう1つの掛け布団を抱えると、靴を脱いで廊下へ上がろうとした。そのとき上がり框に足を引っかけて思わず「きゃっ」と悲鳴を上げながら廊下に転んでしまったの。
布団が下敷きになってくれたから身体は無事だったけど、両手の甲を廊下にぶつけて捻ってその場にうずくまったわ。
「いったぁ~……」
「大丈夫ですか……?」
さっきまで呆然としていた倫之介さんが駆け寄って来て草履を脱いで廊下に上がるなり「僕が運びます」と掛け布団を抱えて二階へと上がって行って、わたしはその背中を見つめながらきゅんきゅんとしていた。
嗚呼、やっぱり倫之介さんは素敵ね……!
まさかお父様だけではなく倫之介さんとも一緒に住めるなんて夢のようだわ……!!
これから始まる新生活に胸が躍り、光が差した気がしたわたしは、倫之介さんには婚約者が居るというのに嬉しくて仕方なくて浮かれてしまっていたの。
最初のコメントを投稿しよう!