倫之介の追憶・9

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 つかの間、鼻息を荒げ怒った表情で僕たちを見ていたうたさんは、いきなり草履も履かずに玄関土間に下りてくると、そのまま僕とチヨちゃんの間に割って入り、僕たちを引き離し、怒った表情のまま僕を見上げた。 「ちょうど良かったです!!今からチヨさんに真実を話そうとしていた所です!!」  そう言ってチヨちゃんに視線を向けたうたさんは鼻息をやや荒くさせながら言った。 「よ――く聞いてください!!今松尾商会で倫之介さんと瑞代お嬢様は一緒に暮らしています!!!瑞代お嬢様は両親を亡くし孤独な身となってしまいましたが倫之介さんのことを愛していて、瑞代お嬢様を救えるのは倫之介さんしか居ないんです!!!」  チヨちゃんはポカンとした表情をした後「え……?」と上ずった声を出した。僕は咄嗟にうたさんに言い返した。 「一緒に暮らし始めたのは屋敷の窓が全て泥棒に奪われたからですよね!?瑞代さんの両親が亡くなったことは気の毒に思いますが僕にはどうすることも出来ません!!!」  うたさんはいきなりその場に座り込んで頭を地面に擦りつけて土下座をした。 「お嬢様は今心を壊していてご両親が亡くなっていると分かっているのに帰って来ると本気で思い込んでいます……!!!今はわたしが側に居て何とか支えていますが、わたしも結婚が決まってしまい、一生お嬢様の側に居ることは出来ません!!!そうなればお嬢様は独りぼっちになってしまい、下手をしたら命を絶ってしまう危険性もあります!!!お嬢様を救えるのは倫之介さんしかいないんです!!!」 「瑞代さんを救うのは僕ではある必要は無いはずです!!!他に好きな男性が出来ればその男性が救うはずです!!!僕にはチヨちゃんが居るんだ……!!!これ以上邪魔しないで欲しい……!!!」  頭を上げたうたさんは涙を流しながらさっきよりも更に切羽詰まった声で訴えるように言った。 「いいえ!!!お嬢様を救えるのは倫之介さんだけです!!!お嬢様はこれまで3人の男性に恋をしましたがその3人のうち2人のことはわりかしすぐに踏ん切りをつけていました!!!けれども倫之介さんは違います!!!倫之介さんとの恋は実らないと分かっていながらもこれほどまでに長年の間想い続けているのです!!!今後も倫之介さんほど好きな男性は現れません!!!お嬢様を幸せに出来るのは倫之介さんしかいないのです……!!!」 「そんなこと言われても僕が好きなのはチヨちゃんで瑞代さんでは無いのだから仕方ないじゃないですか……諦めてください……!!」  うたさんのすすり泣く声が響いていた。  不意に廊下の奥の戸が開く音がし、見るとかやさんと白衣を着た中年女性が出て来た。  2人はこちらに向かって歩いて来ると、ぽっちゃりとした中年女性は僕たちを気にしながらも草履に足を入れ、かやさんに身体を向けると会釈をした。 「では、明日も同じ時間に伺いますので」 「はい。よろしくお願いします」  かやさんは杖をつかなくてもぎこちないなりに歩けるようになっていた。  白衣の女性は僕たちにも会釈をすると戸を開けて出て行った。  かやさんが微笑を浮かべながら戸を見つめて落ち着いた口調で話した。 「あん摩師の方よ。毎日来てくれているの。奥の部屋まで声が響いていたからあん摩師さん部屋を出るのをためらっていたのよ」  次いで僕たちを見回して続けた。 「そろそろこの家の主の清四朗さんが戻って来る時間だから続きはまた今度でもいいかしら?うたさんも夕食の準備があるんじゃない?チヨもそろそろ夕食の買い出しに行かないといけないから」  青ざめた顔でかやさんを見るチヨちゃんの目は涙ぐんでいた。  僕はチヨちゃんに言った。 「今日は瑞代さんが松尾商会に引っ越してきたけどそれは屋敷に住めなくなったからだと説明しに来たんだ。必ず家を建ててかやさんと3人で暮らせるようにするよ。その前に瑞代さんにチヨちゃんも一緒に住めるように許可を貰うからそれまで待っていて欲しい」  チヨちゃんは涙ぐんだ目を見開かせて僕を見つめたまま何も反応しなかった。  そんなチヨちゃんを再度強く抱きしめて「僕が好きなのはチヨちゃんだから!!!」と言い残し、後ろ髪を引かれる思いで大倉の離れの家を後にした。
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