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清四朗とチヨ・3
いつもと同じ時間に帰ると、いつもと同じように、包丁や火が危ないという理由で台所から閉め出されているニワがどこか寂しげな声で「コッコ」と鳴きながら俺の方へ寄ってきた。
そしていつものように台所の戸が開き、チヨとチヨの母親が俺を出迎えた。
「清四朗おかえり」
「清四朗さんおかえりなさい」
出迎えたチヨはいつもと違い浮かない表情をしていた。
「なんかあったのか?」
「いや。別に」
そう答えながら俺から目を逸らしたチヨはいつものように俺からコートを脱がせて玄関の隅にあるコート掛けに掛けた。
絶対何かあっただろ。
俺はチヨを見ながら再度問いかけた。
「別にってなんだよ?一体何があった?」
「何もない。今日のご飯はポークカツレツだ」
浮かない声でそう言ったチヨはうつむき気味になりながら台所へと戻っていった。
チヨの母親がニワを抱き上げてあやすように撫でながら控えめな声を出した。
「何があったかは後で聞いてもらえますか?」
深刻そうな表情をしたチヨの母親と互いの顔を探るように見つめた俺は「分かりました」と首を縦に小刻みに振っていた。
晩飯を食っている時もチヨはいつもと違い変だった。
いつもならどんぶり山盛りの米を食うはずなのに普通サイズの茶碗の米すら残していた。
隣の席に座っている俺は思わず言った。
「全然食ってねぇじゃねぇか。ポークカツレツもチヨの好物だろ」
「今日はお腹いっぱいなんだ。清四朗にやる」
そう言うなり席を立ったチヨはやはりうつむき気味になりながら台所を出て行った。
それを見たニワは「コッコッコッ」と慌てながら一瞬チヨに付いていこうとしたが、まだ食い終えてない餌に振り返ると「コッコッコッ」と慌てながら餌の前に戻り慌ててつついて食ったかと思うと「コッコッコッ」とまたもや慌てながらチヨに付いていこうと台所のドア前に立ったかと思いきや「コッコッコッ」と慌てながら餌の前に戻り慌ててつつくを繰り返していた。
食っている途中だったチヨの母親はいきなり箸を置いたかと思うと、凜とした声で俺に問いかけた。
「清四朗さんはチヨとの将来をどうお考えですか?」
いきなり突拍子もない質問をするチヨの母親に俺はむせて米が鼻に入り、更にむせた。
それを見たチヨの母親は急いで食器入れの引き出しから布巾を取り出すと俺に差し出した。
「大丈夫ですか?」
涙目になった俺は飛び出した鼻水を手で隠して顔を背け、布巾を受け取った。布巾で鼻と口を押さえた俺は少しして落ち着きを取り戻した。
「すみません……ちょっとビックリしてしまって」
「驚かせてしまいごめんなさい。けれども以前にも申し上げましたが、清四朗さんとチヨが結ばれる未来をわたしは何度も考えてきました。急に思いついたことではありません」
この言葉を受け、チヨの母親に対して、俺と倫之介を天秤にかけながらだろ。と、女のズルさを感じ取っていたが、同時に、こんなことを言い出すということはチヨの様子がおかしいのは倫之介が原因なのではとも考えていた。
俺はチヨの母親の目を探るように見ながら思っていることをありのまま答えた。
「いや、チヨの気持ちが倫之介にある以上、俺とチヨが一緒になるのは難しいかと」
そう自分で言いながら俺は胸が苦しくなっていた。
心の奥底ではチヨのことを諦めたくはないし強引にでもチヨを自分のものにしたいという願望すらあり、常にどうにか出来ないかと考え続けている自分がいる。
そして今、俺はこう思っていた。
もしチヨと倫之介の間に何かあったとして、それが決定的なものだとしたら、俺はその隙に入り込み今度こそチヨを奪ってやると。
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