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倫之介の追憶・13
僕は自分の不甲斐なさが腹立たしかった。
僕自身にもっと財力があれば松尾商会にとどまる必要は無かったし瑞代さんと一緒に暮らす必要もチヨちゃんと離ればなれになる必要も無かったんだ。
喫茶店で、テーブルを挟んで僕と向かい合わせの席に座ったチヨちゃんはうつむいたまま僕を見ようとしない。こんなこと今まで無かったし、これほど元気のないチヨちゃんは、かやさんが怪我をしたとき以来だ。
うたさんに、瑞代さんの為に僕と別れるように言われたことを気にしているのか、それとも、どうしようも無かったこととはいえ、僕が瑞代さんと一緒に暮らしていることに落ち込んでいるのか、その両方なのかは分からないけど、どちらにしても瑞代さんと僕のことを気にしているからこうなっているのは明らかだ。
煙草の臭いとコーヒーの匂いが混ざった店内は多くの客の話し声でざわざわと騒がしかった。
かやさんが経営していた喫茶店が脳裏を過った。
「……かやさんの足の調子はどう……?」
チヨちゃんはうつむいたまま答えた。
「……杖をつかなくても歩けるようになった……でもまだ地面に座るのは大変そうだ……」
「そっか……」
僕を見ないチヨちゃんに心がキュッと苦しくなってどうしようもなくなる。それでも僕は笑顔をつくって会話を続けた。
「……考えたんだけど、家が建つまでの間、アパートメントを借りてそこでかやさんと3人で暮らさないかな?最近は文化アパートメントとかお洒落で暮らしやすいアパートメントもあるみたいだし……」
家を建てるための費用を貯めるめども立ってないのに、アパートなど借りたら家を建てる日が遠のく。それでもこれが今の僕に出来る最善のことだった。
そのとき、チヨちゃんがようやく顔を上げて僕を見た。僕はうれしくて頬を緩めた。しかしチヨちゃんは悲しそうな顔で言った。
「……あたしは瑞代ちゃんを不幸にしたくは無い……だから倫之介はこのまま瑞代ちゃんと一緒に居て欲しい……」
僕は一気に奈落の底に落とされたような気持ちになった。
「何言ってんだよ!?僕が好きなのはチヨちゃんでチヨちゃんが好きなのも僕じゃないか……!!なのになんでそんなこと言うんだよ……!!?うたさんが言ってたことなら気にする必要はないよ!!あの人は大げさに言って僕とチヨちゃんを引き離したいだけだから……!!」
「……あたしは……倫之介と一緒にはなれない……」
再びうつむいたチヨちゃんはつぶやくようにそう言うと、立ち上がり走って店を出て行った。
「チヨちゃん待って!!」
僕も立ち上がって追おうとしたとき、ウェイトレスが僕とチヨちゃんのポークカツレツを運んで来て、僕は彼女にぶつかりそうになった。
「すみません!!」
急いで財布から1円札を2枚取り出してウェイトレスが持っている盆に乗せた。
「すみません!!お釣りはいらないので!!」
「え!?」
戸惑うウェイトレスを横切って喫茶店を飛び出した僕は多くの人々が行き交う街を見渡した。
チヨちゃんはすでに居なくなっていた。
僕は泣き出しそうになっていた。混乱と不安に押しつぶされそうになりながら走ってチヨちゃんを探し、清四朗くんの家へと向かった。
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