チヨの苦悶・7

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チヨの苦悶・7

 清四朗が少し慌てたような怒ったような声を出した。 「余計なこと言うな」  怒られているのを気にしていないらしい菊助は、清四朗に指をさしてあたしに話し続けた。 「こいつかなりモテるけど一途でさ、今まで彼女とか居たこと無い」顔を赤くさせた清四朗が菊助の口に手を押し当てて喋るのを阻止した。 「余計なこと言うな!」  あたしは驚いた。 「そうなのか?清四朗は恋愛経験が沢山あると思っていた」  菊助は清四朗に口を押さえられてムグムグと言っている。洋太が代わりに答えた。 「清四朗はどんな女が寄ってきても相手にしたことがない。何故だか分かる?」 「洋太!」清四朗は洋太にも怒った。  純平が微笑みながら静かな声であたしに言った。 「清四朗は将来有望で一途で男気がある。男の俺等から見てもいい男だ。そんな清四朗と結婚出来る女の子は幸せだと思うよ」 「おお、そうだな。あたしもそう思う」  菊助、洋太、純平はニヤつきながら互いの顔を見合わせた。清四朗は菊助の口を押さえたまま真っ赤な顔で固まっている。  なんだ?なんだか空気が変じゃないか?  洋太があたしに言った。 「思うよな?だったら清四朗と」菊助の口から手を放した清四朗が、あたしの前に身を乗り出して、今度はあたしの隣に座っている洋太の口に手を押し当てて喋るのを阻止した。清四朗は切羽詰まったような控え目な低い声で喋った。 「ここから先は俺が俺の言葉で言う。だが今はそのタイミングではない。頼むからこれ以上は何も言わないでくれ」  洋太は小刻みに何度も首を縦に振りながらモゴモゴと何かを言って清四朗の手を払いのけた。 「分かった。分かったから」  そう言われた清四朗はなんだか不満そうな顔をしたまま手を引っ込めた。純平がやや笑いながら落ち着いた声で清四朗に話しかけた。 「だったら芝居にでも連れて行ってやれ」 「そんなのとっくに連れて行った」  清四朗はなんだか怒り口調だ。なんだ?清四朗はさっきからずっと怒りっぱなしだな。 「純平は芝居を見に行きたいのか?」  純平にそう問いかけると、みんな一斉にあたしを見て、あたしもみんなを見回した。なんだ?なんで注目されているのだ?  洋太が身を乗り出して楽しげな声を出した。 「そうだ!明日俺のばあちゃん家の畑で大根を収穫するんだけど田中さんも来ない?」 「おお!大根か!大根は好きだ!」 「一緒に収穫してくれたら大根10本あげるよ」 「おお!10本もくれるのか!」  大根を10本もくれるとはなんて太っ腹なんだ。あたしは少々興奮していた。  純平があきれたような声で洋太に話しかけた。 「大根掘らせるなんて失礼だろ。しかも報酬も大根だなんて、何考えてるんだ」 「え?田中さん、大根掘りたいよね?」  洋太があたしに顔を向けて同調を求めたのであたしは「おふこーす」と同調した。純平は「無理しなくていいんだよ?」とあたしを心配そうに見て、洋太は「田中さんはこういうのが好きなんだよな?」とまたもや同調を求められたので、あたしはまたもや「おふこーす」と同調した。  洋太は清四朗をチラッと見ながら続けて言った。 「じゃぁ、清四朗と一緒に来て」 「おふこーす」  あたしの頭の中には大根飯がゴボゴボと音を立てて煮立っている映像や花カツオの大根おろし和え等、数々の大根料理が浮かんでいた。ニワさんは大根の葉っぱが好きだから刻んで餌に入れてやろう。  お母ちゃんやニワさんや清四朗が喜ぶ姿が思い浮かんであたしの頭の中は大根祭りになったが、ふと倫之介が美味しそうに大根飯を食べる姿も思い浮かんでチクンと胸が苦しくなった。
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