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そのときボキッという音が響いた。
俺と洋太は立ち止まって音がした方を見た。するとチヨが大根を引き抜く際うまく出来ずに大根を折っていた。
「あああ、折ってしまった……!」
悲痛な声を上げるチヨに婆さんは笑いながら言った。
「斜めに引っ張ると折れてしまうんだ。こうやるんだ。よう見とれ」
婆さんは大根の根元を持つと周りの土をほぐすように優しく動かした後「フンッ」と気合いの入った声を出しながら真っ直ぐに引き抜いた。
土から大きな大根が出てくると、婆さんの横にいるチヨが目をむきながら「おおお!」と驚きと喜びが入り交じった声を上げた。
昔手伝わされたとき俺も最初は折ったっけな。
懐かしく思っていると、チヨも婆さんの真似をして大根をの周りの土をほぐしてから引き抜こうと奮闘し始めた。
「ぐぬぬぬ、かたい……!」
俺は、顔を真っ赤にして大根を引くチヨの方へ歩を進めながら言った。
「俺が抜いてやるよ」
力には自信がある。ここはチヨに男らしさを見せるチャンスだ。
チヨの横に立った俺は、諦めようとしないチヨに「貸してみろ」と、大根を引き抜くのを交代した。
俺の横にどいたチヨが心配そうに言った。
「その大根はただの大根ではないぞ」
「まぁ見てろ」
固いと言っても所詮大根。すぐに抜いてやる。
俺は大根を掴むと上に引き上げようとした。
しかし大根はビクともしなかった。
「ぐぐぐ」
踏ん張る俺にチヨが心配そうに言った。
「だから言っただろ?それはただの大根ではないんだ!」
「んなわけねぇだろ。これはただの大根だ」
俺は更に力を込めた。
「ぐぐぐぐぐ」
クソ。何故抜けないんだ?
チヨが再度心配そうに言った。
「清四朗、無理をしては駄目だ!その大根は諦めよう!」
「馬鹿野郎!諦めたらそこで試合終了だ!」
俺は今まで生きてきた中で最大限に力を振り絞った。頭に血が上り体中が熱くなった。
そのとき、大根が動いた。
「おお!!すごい!!さすが清四朗だ!!」
チヨの声を耳にしながら俺は渾身の力を振り絞った。
「うりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
引っ張り上げた大根の先には全裸のオッサンがくっ付いてきた。勢いよく引き上げた大根の先をかじったまま宙を舞う、髪と髭が伸びている泥まみれのオッサンと俺の目が合った。
俺の頭の中は真っ白になっていた。
一体何が起きているんだ?
それを見たチヨが「うわぁぁぁ!!」と驚きの声を上げ、洋太は呆然とし、婆さんは「栄作……」とつぶやいた。
栄作……?10年前に失踪したっていう婆さんの子どもか?俺が初めてこの家へ遊びに来たときは、洋太の伯父でもある栄作はすでに失踪していた。無事だったのか。というよりなんで土の中から出て来たんだ?
身体を丸めて空中で一回転してから畑に着地した栄作のオッサンは、両手を広げてバランスを取りながらチヨを見るなり目を輝かせた。
「こゆき……!!」
寒空の下、全裸で駈け寄るオッサンにチヨが「うわぁぁぁ!!来るなぁぁぁ!!」と顔を青くさせて逃げた。俺はとっさにオッサンの頬を力一杯ぶん殴った。
俺の鉄拳で地面に倒れたオッサンはそのまま気絶した。
大根掘りは中断され、急遽婆さんの家の居間に集合した俺たちは全裸に布団を羽織ったオッサンを囲んでチヨが持ってきたおはぎを食いながら座っていた。
婆さんがチヨにも分かるように説明した。
「栄作は10年前に失踪したワシの子どもだよ。面食いのこやつは25歳のときに美人で有名な16歳のこゆきが吉原に売られたのを知ってすぐに追っかけて出て行ってしまったんだ。以来音信不通でもう死んだものだと思っておった」
オッサンは目をギラつかせながらチヨを見ていた。
「こゆき……」
俺はオッサンから隠すようにチヨの前に座り直してオッサンを睨んだ。
「こいつはこゆきじゃねぇ。ジロジロ見てんじゃねぇよ、変態が」
「こゆき、俺の嫁こになってくれ」
「こゆきじゃねぇっつってんだろ!」
「こゆきじゃなくてもいいから嫁こになってくれ」
「ふざけてんのか?チヨがおまえなんかの嫁になるわけがねぇだろ!歳も親子ほど違う上に女に良い暮らしをさせてやれる金もねぇくせに厚かましいこと言ってんじゃねぇよ!」
俺の後ろに座っているチヨが顔を傾けて俺の背後からオッサンを見て言った。
「あたしは嫁にはならん!」
婆さんが言った。
「そうだ。チヨは清四朗の嫁こだからな。なんで土の中におったんだ?」
チヨは俺の後ろで「あたしは清四朗の嫁でもない」と言っていたが婆さんは聞いてなかった。
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