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オッサンが聞いてもないのに勝手に身の上を語り出した。
「俺はあれからこゆきが売られた店で使用人として働き始めたんだが、こゆきは大人気で一年後には身請けが決まっちまって居なくなった。遊郭には若くて綺麗なおなごが沢山いたが掟で誰にも手を出すことが出来なかった。それでも綺麗なおなごを見るのが好きでずるずると働き続けた。そして気付けば俺はオッサンになっていた。このままでは駄目だと帰ってきたはいいが、後ろめたくて家に入ることは出来なかった。だが外は寒くて腹も減る。俺は暖を求めて土にもぐり、食を求めて大根をかじった。そして現在に至る」
チヨが真顔で聞いた。
「なぜ全裸なんだ?」
「土の中を移動している間に服が土の摩擦で破れて気付けば全裸になっていた」
「息はどうしていたのだ?」
「基本は上を向いた恰好で鼻と口だけを土から出していた。たまに畑仕事をしに来たおっかさんに踏んづけられたがちょっと鼻血が出て口が切れる程度で大丈夫だった。大根を食うときは思いっきり息を吸ってから土の奥へと潜った。やがて身体は進化を遂げ酸素が少ない環境に順応して息をしなくても大根が食えるようになった」そう喋り終えるとチヨをマジマジと見た。「しかしめんこいな。嫁こになってくれ」
「断る」
結局この日は、失踪していた栄作が帰って来たという緊急事態が発生した為、まだ朝だったがチヨと俺は帰ることになった。
洋太が申し訳なさそうに、チヨが抜いた折れた大根と、俺が抜いたオッサンの歯形が付いた大根を差し出した。
「せっかく来てくれたのに悪かったな。10本では無いが2人が彫った大根だ。持っていってくれ。大根掘りはまた日を改めてするからそのとき来てくれ」
「いや、もう大根掘りはいい」
チヨは庭の隅で婆さんが飼っているニワトリの頭を撫でるのに夢中になっていた。俺と洋太はそれを見ながら話した。
「大根掘りで田中さんと清四朗の仲が進展すればいいと思ったんだが何もなかったな」
「いや、気晴らしになったよ。ありがとう」
俺はチヨを連れて自動車に乗り込んだ。
見送りに来た婆さんが開けた窓越しにチヨに言った。
「はよ清四朗の元気な子を産んでやれ。清四朗は家が金持ちだから学生でも子を育てる経済力がある」
「あたしは清四朗の嫁ではない。栄作はどうした?」
「栄作は家の柱に縛り付けてきた。全裸で外を出歩かれては困るからな。清四朗には金にがある。金のある男が1番だ」
俺は思わず会話に割り込んだ。
「言っておくが俺は金だけの男じゃねぇからな」
「ああ、分かっとる。子どものとき家の風呂を使わせてやったときに目撃した。子どもながらに立派なものを持っておった。今じゃさぞかし」とっさに俺は「わ――!!!」と大声を出し、婆さんの言葉を遮った。
「何言ってんだこの婆さん!気は確かか!」
「清四朗の清四朗は立派だと」「わ――!!!」
俺は自動車のエンジンをかけた。
ここに居たら婆さんがチヨに何を言うか分かったもんじゃない。
「じゃぁもう行くわ」
「気を付けて」
そう言って手を振る洋太にチヨが手を振り返した。
遠ざかっていく婆さんと洋太を見ながらチヨが言った。
「楽しかったな」
俺は全裸のオッサンを思い出して一瞬口ごもったが、チヨが楽しかったのならそれでいい。
「そうだな。今度はもっと楽しい所へ連れてってやる」
「おお!どこだ?」
「海、山、川、野原、チヨの行きたい所どこへでも連れてってやる」
「おお!それは楽しみだな!野原へ行きたい!」
「じゃぁ今から行くか?」
「おお!そうだな!まだ朝だしな!弁当はこの大根だ!」
「いや、飯は店で食おう」
もんぺ姿で喫茶店に入るのもどうかと思ったのでまずは百貨店に寄ってチヨの服を新調することにした。
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