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香りの話・b
廊下ですれ違った彼からは、いつものように、奇妙な薬品の香りがした。
今年の梅雨は長い上に晴れ間もほとんどなく、湿度の高い日が続いている。なかなか窓を開けるわけにもいかず、施設の中も空気がこもりがちだ。いつもはさほど意識しない香りにも、つい意識が向いてしまう。
大規くんからはいつも、薬品の香りがする。真っ白な白衣の清潔感のある香りと、僅かに苦味を感じる薬品の香り。本人は香水なんて使っていないだろうから、きっと香りが染み付いてしまっているのだろう。いかにも「研究員」らしい香りだなぁと思う。実際に研究員なのだから、当たり前ではあるのだけど。
甘みのない香りは時に、ほんの少しの甘みを含む。こんな湿度の高い日は特に。瑞々しさもあるその甘みは、元々彼が纏っている香りなのだろうと思う。そして、気付けば彼の香りは、初めから無かったかのように消えてしまうのだ。掴みどころのない彼らしい、不思議な香り。
ねえ大規くん。君は本当に不思議な奴だ。血まみれの私を見ても眉一つ動かさなかった。あの時、私は少しだけ、君を怖いと思ったものだよ。
はてさて。そのマスクの下、君の本心はどこにあるんだろうね。
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