間章・英雄譚にはまだ遠く

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 十歌(とうた)と別れ、眠兎(みんと)も帰路につこうと、自分の荷物を纏める。  十歌(とうた)の夢。不思議な夢だと思う。明晰夢(めいせきむ)ともまた違う感じがする。そう、まるで世界がもうひとつ存在して、十歌(とうた)はそこに迷い込んでしまったような。  うっかり、アリス姿の十歌(とうた)を連想し、眠兎(みんと)は思わず笑みを零す。自分の(たと)えになぞられるなら、アリスよりウェンディだろうか。よりにもよって歪んだネバーランドに迷い込んだものだ、と思う。  それから、黒板に書いた文字を消そうとして――黒板消しを持つ手をぴたり、止めた。 「……ん?んんん?」  白いチョークで書いた関係図。十歌(とうた)が語った夢の世界。  何か違和感を感じた。 「あれ待って?なに……いやこれ……あれー?」  一度芽吹いた違和感が、眠兎(みんと)の中で瞬く間にひとつの仮説を立てる。  全て憶測だ。憶測ではあるが。 「いや、まさかだけど。だとしたら……ごめん、うたくん。ほんとーに、役に立たないかも……」  乾いた笑いと共に呟く。そして振り返ると、 「…………!」  ぎょっとした。驚きすぎて声が出なかった。  教室の後ろに、誰かが立っている。その周囲がゲームのバグのようにノイズがかかり、歪んでいる。  なんだこれなんだこれなんだこれ。  人だ、と認識できるのに、外見がわからない。性別も年齢も何もかも認識できないのに、何故か人だ、と頭が認識する。  表情も分からないはずのそれは、途方もない孤独を抱えているように、酷く哀しそうな瞳をしていて――……  *  寝起きの気分は最悪だった。  夢の中に、「あいつ」が出てきた時はいつもそうだ。バグみたいな「あいつ」、あの瞳を夢に見る度に、頬を濡らして目が覚める。  胸が苦しい。涙は自分の意思とは関係なく、次から次へと(あふ)れ出て、ぼたぼたとシーツを濡らす。  夢の中の自分とも、今の自分とも違う感情が憑依しているようだと眠兎(みんと)は思う。  痛い。苦しい。苦しい。嗚咽(おえつ)する。嗚咽(おえつ)する自分を冷静に俯瞰(ふかん)する自分がいる。ちぐはぐな感情が酷く、気持ち悪かった。お陰で、目覚める直前に夢の中で自分がどんな仮説を立てたのか、思い出せなかった。 「くそ、くそっ……」  ぐしゃぐしゃの顔を何度も(ぬぐ)う。  それでも、これではっきりした。  ふたつの世界の記憶を共有する、お人好しのお節介。この世界の変化を望む、夢の世界からの使者。  十歌(とうた)は、カードになりうる。協調する価値がある。  カーテンの隙間から射し込む夏の日差し。それは、自分へと射し込んだ、一筋の希望のように思えた。
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