六月、最後の雨

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 六月…。また、この季節がやって来た。私は、今でも毎年この時期になると『雨よ降れ…!』と、密かに心の中で願ってしまっているだ。  カンカンに晴れた空を私は、窓ガラス越しに見上げている。雲一つ無いその空は、非情なほどに青く鮮やかで、そんな空を見上げていると私は、ついつい昔の思い出に(ひた)ってしまうのだった。  小学生の頃は、雨が大嫌いだった。何をするにも億劫(おっくう)になるし、友達と外で遊べないし、学校の登下校が面倒で、よく駄々をこねて母親に怒られたものだ。  そして何より私の癖毛が、いつもにも増して言うことを聞かなかったことが、嫌で嫌で仕方なかった。まぁ、齢(よわい)九十を超えた今となっては、それも良い思い出なのだが。  大人になってからは意外な事に梅雨が、だんだんと好きになっていった。もちろんジメジメと湿っぽく、カビが発生したり、洗濯物が乾かなくてイライラする事も多かったのだが、いつもとは違う雨に濡れた街の表情や、雨に打たれて艶(つや)めく木々の緑が好きだった。  そして何より雨が降ると、仕事が休みになる彼((のち)の旦那)と一緒に過ごせる時間が増える事が嬉しくて仕方なかったのだった。  私が中年になる頃には、雨なんか大嫌いになっていた。毎年のように降雨の記録が更新されたゆき、何百年に一度に豪雨が連発したからだ。  私たちの家は、何度も浸水して、その(たび)に掃除や片付けに苦労したものだ。だが、そんな嫌な思い出も、今となっては、(なつ)かしい遠い日の話なのだが…。 「また空を見てるんですか?」  いつもの様にボケーっと空を見上げている私に、シェルターの職員さんが声をかけて来た。 「ええ。雨でも降らないかなー、と思ってね」  私がそう言うと、職員さんは目を、まん丸にして驚いた。 「雨…、雨ですか?」 「ええ。雨」 「んー…、まぁ…、降らないでしょうね…」 「でしょうね」 「実は私、雨って生で見た事ないんですよね…。映画とかVR《バーチャルリアリティー》でなら体験してるんですけど…」 「貴女(あなた)くらいの年頃だと、そうでしょうね。何せ、私が最後に見た雨、この惑星(ほし)に降った最後の雨は、五十年前の六月の話ですもの。シェルター産まれの貴女が知らないのも当然の事よね」 「そうなんですよ。もうこのシェルターじゃ、雨を知っている人の方が少ないですし、どんどん少なくなってますから」  私は、あっけらかんとした表情の彼女を見て少し寂しくなってしまった。でも、それは雨を知らない彼女らの世代からしてみれば、当然の反応なのである。  異常気象が進み、雨が一切降らなくなってしまったこの世界では、雨という気象現象は過去の歴史の中の話なのだから…。終
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