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「乃木?」
俺の視線に気がついた早坂がこちらを振り返った。
俺はポッキーを一口食べて、口に咥えたままという間抜けヅラ状態で早坂と視線が合う。
「それ、俺も食べたい」
早坂は俺が咥えていたポッキーの端にかじりついてきた。
「んんっ?!」
え?! こいつ、何を?!
早坂はもう一口かじった。俺の唇までの距離はあと2~3センチ。これ以上近づかれたら、早坂とキスすることになる……!
早坂が俺の頬に手を添わせて目を閉じる。
早く、早く逃げないと……。
でもダメだ。心と身体がいうことをきかない。こんなことしたらダメだって頭ではわかっているのに。
そっと早坂の唇が触れた。
「甘い……」
唇を離して、早坂が俺を見つめながら吐息を洩らした。
「あ……」
ファーストキスだった。それを早坂に許してしまった。ただ触れるだけだったのに、ドクンドクンと心臓がめちゃくちゃうるさくなる。
「乃木。好きだ。俺と付き合って」
早坂のストレートな告白の言葉。
それをぶつけられて気がついた。
俺は早坂を好きになっていた。
早坂と一緒にいたくて、早坂のことをもっと知りたくて、早坂とさっきみたいなドキドキすることをしてみたくて——。
早坂みたいな最強男に狙われて、それに抗うなんて無理だったんだ。
これは告白ゲームだと、どんなに防御線を張っていても、早坂はじわじわと俺の心を染めていき、いつの間にか俺の心は早坂でいっぱいに埋め尽くされていた。
色々画策したのに、結局は早坂の思うツボだ。早坂の手にかかったら、平凡な俺なんてあっという間に落とされてしまった。
この告白は断らなくちゃ。
これを受けたら告白ゲームは終了。早坂は「やっぱり乃木はチョロかったな」とでも言いふらし、あっさり俺を捨てるに違いない。
ゲームだったのに本気になったと波田野たちに笑われ、チョロい奴だと嫌なレッテルを貼られるに違いない。
「嫌だ。早坂とは付き合わない」
必死で勇気と声を振り絞って早坂に向き直る。
「俺たち、キスまでしたのに?」
早坂の綺麗なダークブラウンの瞳が揺れている。そんな懇願するような顔をされても、早坂の告白だけは受けられない。
「あれは、お前が無理矢理……」
「違う。乃木は嫌がらなかった」
「い、嫌だったんだよ!」
「嘘だ。そんなことなかった。乃木だって、俺と同じ気持ちでいてくれたって思ったのに」
早坂に嘘が通じない。全部見透かされている。
「ダメか? 俺はずっと、ずっと前から乃木のこと……」
「ずっとって、早坂と会ってからまだ三ヶ月しか経ってない!」
早坂は何を言ってるんだ?! たった三ヶ月で、ずっと……?
「俺は乃木を諦めたくない。どうしたら俺と付き合ってくれる……?」
どうしたらって……。早坂はしつこいな。そんなにゲームに勝ちたいのかよ。
早坂が、嫌がることを言わなくちゃ。早坂が絶対に断ってくること。
「じゃ、じゃあさ、今すぐ俺を抱いてよ」
「えっ?!」
金縛りに遭ったみたいに、急に早坂の動きが止まった。
「そうしたら付き合ってやる」
どうだ。これはさすがに無理だろう。好きでもない奴と、ただのゲームのためだけにそんなことできるはずがない。
諦めろ、早坂っ!
「……それはできない」
初めて早坂が俺の無理難題を断ってきた。さすがの早坂でも、男を抱けと言われたら無理なようだ。
「今すぐは無理だ。そういうことは、付き合ったあと、ちゃんとしたタイミングでしたい。こんな成り行きみたいなことで、乃木を抱くなんて無理だ」
最もらしい言い訳を考えたようだが、男を抱きたくないだけだろ。
よし! 俺の勝ちだ!
ついに早坂が諦める日がきた!
早坂の思いどおりになってたまるか。告白を受けた途端に俺を捨てるつもりのくせに!
「ごめん急に変なこと言って……俺、帰るね」
早坂はサッと立ち上がり、俺に背を向け部屋を出て行った。
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