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「俺さ、早坂にちょっと貸しがあってさ。それをいつか返してやろうって思ってたんだ。おーい、早坂! 今までの話聞いてたか? 今がそのお返しな!」
波田野は急に黒板のほうに向かって早坂の名前を呼ぶ。
波田野に呼ばれて、教壇の机の陰から現れたのは早坂だった。
早坂はいつからそこにいた?!
波田野と話している間は誰もこなかったから、おそらく最初からだ。これはもしかして波田野が仕組んだことなのか……?
「乃木、早坂のこと思い出してやれよ」
波田野は「じゃあな!」と俺たちふたりを残して教室から立ち去ってしまった。
急に早坂とふたりきりになる。
どうしよう……。
早坂と何をどう話したら……。
「乃木」
「はいっ!」
早坂に名前を呼ばれただけで背筋がピンッと伸びた。
きっと早坂に怒られる。怒られる前に酷いことしてごめんなさいと謝ってしまおうか。
「ありがとう、乃木。それをずっと言いたかったんだ」
「へっ?!」
早坂はどうしたんだ?! 早坂に感謝されることなんて俺はひとつもしていない。
「小学校六年生のときさ、転校してきたばかりの俺を、仲間に入れてくれただろ?」
「えっ……と……」
六年のときの転校生……。確かひとりいた。背が小さくて女の子みたいに可愛い顔をしていた奴。
転校してきて早々に二泊三日の移動教室があって、誰も仲間に入れないから、当時班長だった俺がそいつを招き入れた。
バスでも隣の席になり、ポッキーを分け合って食べたっけ……。
「あのチビが、早坂?!」
「思い出した? でもチビは余計だ」
この七年間の間に、劇的に変わりすぎだ。こんなに大きく育っていたら、あのときの早坂と同一人物だなんて気づかない。
「あの後また海外に転校することになったけど、乃木にまた会いたいってずっと思ってたんだ。だから日本に戻れるって聞いて、絶対に乃木と同じ高校に通いたいって思ったんだ」
「なんだよ、それ、早く言ってくれればよかったのに……」
「だって乃木は俺を見てすぐ言ったんだ。『はじめまして』って。すっかり忘れられてることにショックを受けて、しばらくの間、乃木に話しかけられなかった」
そうだったのか。早坂にそんなことを言ったことすら忘れてしまっていた。
「俺は乃木の家の場所だって正確に覚えてたのに」
そうだ。迎えに来いと言っておきながら、家の場所を早坂には教えていない。それなのに次の日の朝、早坂は俺を迎えに来た。
あのときどうしてそれを疑問に思わなかったのだろう。
「でも一番酷いのは、俺の決死のアピールを、全部告白ゲームのせいだって勘違いしたことだ。俺はずっと乃木のことが好きだった。俺がどんな想いで昨日お前に告白したのかわかるか?」
「ごめん……本当にごめん。だってまさか早坂が俺のことを好きになるはずなんてないって思ってたし……」
それは本当に申し訳ないことをしたと思っている。勘違いして、さらに早坂に意地悪ばかりした。
「許さない」
早坂は乃木に近づき、厳しい顔で見下ろしてきた。
強い視線で捉えられ、ドキッとした。早坂の目は本当に綺麗だ。じっと見ていると吸い込まれそうなくらいだ。
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