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「ねぇ、早坂」
俺は駅の改札を抜けたところで早坂に声をかける。
「どうしたの、乃木?」
「俺、喉乾いちゃってさ、これで飲み物買ってきてくんない?」
俺は定期入れに入っているICカードを早坂に押しつけた。
「スポドリがいい。探してきて」
どうだ早坂、選ばれし者の早坂は今までの人生で人にパシられたことなんてないだろう?
「わかった。一番ホームの階段降りたところで待ってて」
早坂は「カードなら俺も持ってる」と乃木のICカードを突き返し、どこかへ走っていった。
「えっ……」
俺はポカンとそのまま立ち尽くす。まさか早坂をパシることに成功するなんて。
しかもICカードまで返してきて、自分の金で買うつもりなのだろうか。
ここにいても仕方がないと駅のホームで待っていると、しばらくして早坂がスポドリを手に戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……」
しまった! ついお礼を言ってしまった。これくらい当然! のような嫌味な態度をとらなければならないのに。
「あ、あのお金……」
「このくらい奢らせてくれ。俺、バイトで稼いだ金があるから」
どうしよう、すごく申し訳ない。でも、嫌な奴にならなくちゃ。
「そこまで言うなら奢られてやるよ」
「いつでも言って。乃木の役に立てて嬉しいよ」
早坂にはこれしきの嫌がらせくらいでは響かない。まだ俺に気に入られようとしているようだ。
それから電車が到着し、早坂とふたりで乗り込む。夕方の少し混み合った車内。早坂は、ドア付近の隅っこスペースに俺を追いやり、自分は俺を守るように立った。
早坂は背が高いな。と思った。背の低い俺の視界は早坂の胸あたりだ。制服のシャツのボタンを少しラフに外した、男らしい早坂の喉元からのラインに目がいってしまう。
ほら、隣の女子大生グループがチラチラ早坂を見てる。早坂はかっこよすぎてどこに行っても目立ってるんだな。
これは早いうちになんとかしないとやばい、と思った。だってそうしないと、なんか……。
ありえないありえない! 告白ゲームの攻略対象にされているとわかっていて、一日で陥落したらチョロすぎる。
もっと早坂が嫌がることをしなくちゃ……。
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