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「乃木とこうやって一緒に帰れるときがくるなんて夢みたいだ。でも、簡単なことだったんだな。乃木と帰りたいなら乃木にちゃんと声をかければよかったんだ。乃木は断らずに俺と一緒に帰ってくれたんだから」
「ただ帰るだけじゃん……」
こんなことを『夢みたいだ』と言うなんて、なんてリップサービスが過ぎる男なんだ。海外にいたから感情表現がストレートなのかな。
「それが嬉しいんだよ。明日も一緒に帰ろう。いいかな?」
今日早坂と一緒に帰ってわかった。帰り道があっという間の時間に感じた。
早坂がこれから毎日一緒にいてくれたらどんなに楽しいか。
あ。毎日じゃなかった。告白ゲームが終わるまでの間だった。
「い、いいけど、条件がある」
「何?」
早坂は俺に少しだけ顔を寄せてきた。その仕草だけでドキッとする。
「あ、朝も一緒がいい。家が近いなら毎日俺の家に迎えに来いよ。そしたら一緒に帰ってやる」
よし! これはかなり面倒くさいぞ!
同じ電車で待ち合わせじゃない。ひと駅歩いて俺の家まで迎えに来いだなんて嫌に決まっているだろう。
「乃木の家まで行っていいの?」
「へぁっ?!」
「そんなことしたら嫌われると思ってた。早速明日から迎えに行っていい?」
「えっ、えっ……」
やばい。予想外だ。早坂は本気で毎朝迎えに来るつもりなのか?!
「やっぱり明日からじゃ急だった?」
いいや、問題なのはそっちじゃないのに!
「早坂が、いいなら……」
俺がチラッと早坂の顔を見上げたら、早坂と目が合った。そういえば、こんな近くで早坂の顔を見たことはなかった。
早坂の顔面に欠点などない。輪郭も、唇や鼻の形も完璧だが、何より目が綺麗だ。
潤んだダークブラウンの瞳がじっとこちらを見つめていたかと思うと、早坂は顔を綻ばせてニコッと笑った。
「一日の始まりが乃木を迎えに行くことだなんて幸せだ。ありがとう、乃木」
なぜ迎えに来なければならない早坂のほうが礼を言うのだろう。
「じゃあ、ま、また明日」
ちょうど俺の降りる駅に電車が到着したため、俺は早坂と別れて電車を降りた。
さっきまで俺が乗っていた電車はすぐに出発し、駅を通り過ぎていく。
早坂、本気で毎朝迎えに来るつもりなのかな。
早坂はかなり告白ゲームに必死みたいだ。でなければこんな面倒なことをするとは言わないだろう。
それか、三日もあれば俺は早坂の手に落ちると思われているのかもしれない。ゲームが行われている短期間だったら、朝から迎えに来て攻略対象の俺の機嫌を取ることくらいはできるという算段だろうか。
こんな手に引っかかってたまるか。
こうなったら早坂にもっと嫌がらせをして、さっさとこのくだらないゲームを諦めさせてやる!
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