1話 悪役令息の目覚め

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1話 悪役令息の目覚め

「うっ……」  瞼を開けると同時に全身に痺れと痛みが走った。頭がぐらぐらする。なんだこれ。 「坊っちゃま! お目覚めになられましたか!?」 「すぐに医者を! 旦那様と奥様にも知らせて!」 「は、はい!」  なんかぼやけている視界の向こうで数人がバタバタ動いているんだが、これはどういう状況だ? 「シュヴァリエ様! お分かりになりますか? サリクスです」  サリクスって……そんな奴は知らんぞ。誰だよ。というかシュヴァリエとか聞こえたがもっと誰? 俺はそんな名前じゃねえ。俺の名前は――。 「――っ!!!!!」  突如頭が割れるような痛みが起こった。サリクスとか言っていた奴がなんか叫んでいるがそれどころではない。尋常ではない激痛のなか、俺の頭に何かの映像が流れてくる。 ………… …… …  思い出した。  俺の名前は柊紅夏(ひいらぎこうか)。どこにでもいる専門学生だ。……中学の途中から高校の途中までそこそこいろいろやりすぎてめっちゃ補導された記憶があるが、先に言っておく。俺はそこまで不真面目ってわけではない。断じて。ただちょっとあることに夢中になりすぎただけだ。  さて、そんな俺には五つ上の兄がいる。これがまた変わった兄で俺よりも両親が頭を抱えていた。まあ子どもの頃は親父もお袋も忙しくてほとんど兄貴といた記憶しかない。その影響か俺もバッチリ兄貴の影響を受けた変人になってしまったと両親に嘆かれた。……全力で否定したいところだが自覚があるので何にも言えん。  ……そんな俺はある日、兄貴に頼まれて少し離れた町にある書店へ向かった。そこで売っている限定品を買ってきてくれだと。兄貴も社会人になって忙しいし、ちょっとしたご褒美も用意してくれたので了承したんだが、この選択で俺の運命は決まった。  向かった書店の隣のビルが突然火を吹いて俺がいた書店に燃え移ってしまった。で、俺は逃げ遅れて煙に巻かれてご臨終。意識がなくなる途中で三途の川らしきものが見えたから死んだのは間違いないと思う。 ………… …… …    ……で、俺は多分転生というものを果たしたんだろう。そうじゃなきゃこんな豪勢な部屋で寝ていない。  ここでの俺はシュヴァリエ・アクナイト。アクナイト公爵家の次男らしい。しかしこの次男いかんせん冷酷な性格で、慈悲とか思いやりとかそうものは母親の胎の中に置いてきましたと言わんばかりの性格をしていた。記憶が眠っていたとはいえ今の俺とはどうにも相容れない。冷酷すぎる性格のため高位貴族にありがちの取り巻きすらいないという状況だ。……まあ冷酷になってしまうのはある意味仕方ないのかもしれないんだが。  ……それにしてもシュヴァリエ・アクナイトか。なんか聞き覚えのある名前なんだよな。  俺が思考を飛ばしてぼうっとしていると、威厳のある中年の男性と冷たい印象を受ける女性が入ってきた。……この世界での俺の両親だ。 「目覚めたようだな」 「はい。ご心配をおかけして――」 「あの程度の毒で倒れるなど情けない。お前はアクナイトなんだぞ。我が家にはこんな軟弱な人間は必要ない」  ……。  おい、もっと他に言うことあるだろ。仮にも息子だぞ? 人の心ねえのかお前は。 「そのとおりですよ。まったく何故こんなに出来損ないなのかしら? お前の兄はあの程度の毒で倒れたりしませんよ。この恥晒し」  …………そう。これが両親だ。アクナイト公爵夫妻は揃ってシュヴァリエに対して当たりがきつい。理由はわかりきっているがそれは俺が悪いわけではない。むしろ公爵の責任だと思う。というかそんなこと言うんならいっそ部屋に来んなよウザいな。  扉のところで医者が気まずそうに立っているのが見えてちょっと申し訳なくなった。いつからいたかは知らないがこんな殺伐とした言葉が平然と飛び出るところになんかいたくねえよな。俺だって嫌だわ。……とりあえず。 「申し訳ありません、父上、義母上」 「ふん」  それだけ言うと二人は踵を返してさっさと部屋を出て行った。入れ替わりにおずおずと顔を覗かせた医者はどことなく顔色が悪い。 「えーっと、お坊ちゃま。目覚めて何よりです。意識が戻ったばかりですから安静にしてくださいね」  少し気の弱そうな初老の先生が俺のそばに寄ってきて診察を始めた。 「俺どのくらい寝ていた?」 「五日です」 「五日ねえ……」 「スティルペース学園の方には既に連絡を回しているそうですのでお坊ちゃまはお身体を治す方に専念してください」 「ああ。わかった」  スティルペース学園はシュヴァリエが通っている全寮制の王立学園で十二歳から十八歳までの令息令嬢、そして試験に合格した平民が通っている。今のシュヴァリエは十五歳歳なのであと三年通う必要があるわけだが。  ……それにしてもシュヴァリエ・アクナイトといいスティルペース学園といい、やっぱり聞き覚えのある単語だ。もちろんこの世界での俺の名前で俺の通う学園だから知っているのは当たり前なんだが、それよりも以前に俺はこの名前を知っている気がするんだよな。多分、柊紅夏の時に聞いたことがあるんだ。なんだろう、もう少しで思い出せそうなんだが、ぼうっとする頭のせいか出てこない。 「悪いんだけど、ちょっと一人にしてくれ」 「わかりました。ゆっくりお休みください」 「ああ」  久しぶりの目覚めで疲れたと判断したのか、医者は頷き一礼してすぐに部屋を出て行った。  一人になった部屋で俺は蘇ったばかりの記憶を整理することに。やっぱ考え事する時は静かな空間にいるに限る。  そういや倒れたのって確か夕飯食った後だったよな? 食事はさすが金持ちというべきか元庶民の俺からはやたらと豪華だったっけ。いや、シュヴァリエになってからは日常だったんだけど、記憶が戻った今となっては豪華すぎるほどだ。確かサラダを食べていて息苦しくなったんだよな……。  ……毒でも入っていたんだろうか。というか絶対それしか思いつかねえんだけど。  あーあ、せっかく記憶が戻ったっつーのに最悪な気分なんだが。   「兄貴……心配してるよな……」  兄はあれでも情に厚い上長兄として責任感もあるから、俺が死んだのは自分のせいとか思ってそうなんだよな。こんなことになった以上なにを言っても意味ねえんだけど。せっかく兄貴と一緒にプレイしていたゲームの新作も発売間近だったんだがな……。 「……ん?」  今なんか引っかかったぞ? ……ゲーム?   そういや兄貴から借りてプレイしていたゲームの中に学園ものがあったはずだ。確かジャンルはBL×謎解き×学園アドベンチャーで学園で起こる様々な事件を解きながらキャラクターと恋を育む18禁のBLゲームだったはず。  ……何故そんなものをやっていたかって? 兄貴の気まぐれに決まっているだろ。中学の同窓会に行ったら女子たちがやっていたのを聞いて、興味本位で自分も始めたら、エロのところはともかくストーリー自体はなかなか楽しかったって言って俺に押し付けてきたんだよ。  恋愛ゲームなんて普段はやらないからお試しでやってみたんだよな。やるからには本編番外イベント含めて全部回収しないと気が済まない性分なもので、とりあえず全キャラ一周は済ませたんだっけ。……まあ兄貴が横で盛大にネタバレしまくったから面白さ半減だったが。  ……で、だ。そのゲームの主要舞台となる学園の名前はスティルペース学園という全寮制の王立学園。そして、恋愛ゲームあるあるの悪役令嬢令息も登場。その人物の名前は………………シュヴァリエ・アクナイト。 「……………………はっ!」  うん、今の俺と同姓同名だね。なんという奇遇、しかも通っている学園の名前も同じとはなんとも素敵な偶然じゃねえか。  ……なんて呑気なこと考えている場合じゃねえじゃん。なにが悲しくてゲームの悪役に転生せにゃならんのだ! 嫌がらせかっつーの!   ……待てよ? このゲームのシュヴァリエの末路って……。  そこまで思い出した俺は天井をしばし見つめ、そして叫んだ。 「やってられっかクソッタレ!!!!!」
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