5話 隠し通路は迷路だった

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5話 隠し通路は迷路だった

 ……やらかした。完全に忘れてたわ。 「ここ迷路じゃねえかよ!」    俺は今、入った隠し通路の中で迷子になっている。あんなにウキウキで入ったのになんという失態。穴があったら入りたい。……いや、考えようによっては穴の中か。……じゃなくて! 俺ここからどうすんだよ! 下手したら夜明けまでに帰ってこれねえじゃん! ……確かここの出口はアクナイト邸から少し離れた裏路地にある古い建物に通じているはずだ。シュヴァリエの記憶ではやたらと階段が多く非常に入り組んでいて罠も多数あった。しばらく使っていなかったからすっかり道順を忘れてしまっている。  ……………………………………………………あ、あるじゃん。ちょっと時間がかかるけど確実に辿り着きそうな方法が。しかしそのためには一回戻る必要があるんだよな。……いや、待てよ?   確かシュヴァリエは無属性の中でも本編のさすがラスボスと言われるほどの能力を持っていたはずだ。ゲームをしている中でスッゲー手こずらされた記憶あるわ。兄貴なんてボタン連打しすぎてゲーム機壊しそうになっていたし。  そんなシュヴァリエの能力なら、道しるべくらいはできるだろう。  ……よし、ものは試しだやってみよう。  俺はあるものをイメージしながら魔力を固めていく。実物には程遠いだろうがそれっぽいものができればいい。  しばし魔力を固めていき、ある程度の目安のところでやめると、手にずっしりとした重みがかかった。そっと目を開けてみるとそこには思っていた通りのものが。 「よっしゃあ! アリアドネの糸玉モドキ完成っ!」  アリアドネの糸玉とはギリシャ神話の中でもかの有名なミノタウロスとテセウスの話に出てくる迷宮脱出のアイテムのことだ。脱出不可能とされた迷宮攻略のために頭を抱えたテセウスに恋焦がれていたアリアドネが、自分を娶る約束で渡したとされている。結局恋は実らなかったみたいだけど。  ……で、俺が今いるのは迷路となっている秘密の通路。つまりは小さな迷宮とも言える場所だ。せっかく素敵な伝説のお話があるのにこれを使わないのは勿体無いだろ。そうとなれば今度こそ出発だ。……糸って束になると結構重いんだな。  とりあえず、糸の端を階段のごっつい手すりにくくりつけ解けないようにキツく結び、糸玉を手に道を進んでいく。しかし、地下なだけあって肌寒い。糸玉を両手で抱えながら糸を伸ばしていく。糸玉を魔力で浮かせられればいいんだけど、いざという時のために魔力はできるだけ温存しておきたいからね。  問題は罠の存在なんだよな。この状態で避けられるとは思えないし、どんな罠があるのかはシュヴァリエの記憶に霞のようにうっすらとあるだけで、ないよりはマシという程度。なんでギルドに行くだけでこんなに考えているんだろう。 「だがしかし! せっかくの迷路楽しまねば損というもの。がんばれ俺!」  当たって砕けろ、なるようになれだ! レッツゴー! …………… …… …  ……無理。  ポタポタと緑色の液体を滴らせながら俺はゼエゼエと息を荒くしていた。それだけならまだしも、俺の体の所々に暗緑色の蔓だか蔦だかよくわからないものが巻きついている。全部トラップに引っかかった結果だ。他にも落とし穴やら木の実の見た目をした謎の物体やらがあちこちにあって、時々木彫りと思われる鳥たちがどこからともなく襲ってくるという意味不明な展開の連続だった。そしてしまいには動物の形をした謎の影に追いかけ回され、ようやく逃げきって今に至る。   「……誰だよこんなふざけた地下通路造った奴」  アクナイトの家にあるんだからご先祖の誰かなんだろうけど、ちょっと遊び心ありすぎじゃないですかね。だけど、命が脅かされるような仕掛けには今のところ遭遇していない。ここまで遭遇してきたものは全部タチの悪い悪戯程度のものばかり。  しかしおふざけが過ぎるのも事実で、まるで通路に遊ばれているような気持ちになる。……先祖たちの秘密の遊び場だったりして。そんなわけないか。  けどよくもまあ過去のシュヴァリエはこんなところを利用できたものだ。 「う~……腕が疲れた……」  いくら糸玉とはいえずっと傍に抱えて走れば疲れもする。だが、糸はずっと引かれていたので役目はしっかり果たせていた。実に優秀な糸玉だ。途中で切れそうになったり俺が足を取られてすっ転んだりといろいろと糸玉ハプニングはあったけど、作った時と比べて明らかに糸玉は小さくなっている。できればあともう少しだと思いたい。   「なにか法則性みたいなのがあれば少しは楽なんだけどな……」  ……ん? あ、ここの壁にも花が描かれているな。そういえばここに来る途中の道にも花の絵がっ……!?  そこまで考えた俺は突然謎の頭痛に襲われ、ある記憶が脳内を支配した。……これは霞がかって朧げだったシュヴァリエの記憶だ。二、三歳くらいのシュヴァリエが絵本を読んでいる。旅人の奇妙な経験の絵本だ。 『むらさきのおてがみにさそわれて』 『あかいきんぎょとおしゃべりしたよ』 『だけどしろいおほしさまにきらわれた』 『なぐさめてくれたのはしろいどれすのおんなのこ』 『たくさんのこどもたちがおかねをいっぱいもっていて』 『だけどおつきさまのおはなにうばわれた』 『むらさきのきれいなひとにひとめぼれ』 『きいろいおはなばたけにすみついたのに』 『かじつをたべたらわすれてしまった』 『あのひとのいろにそまったらおもいだせたのにもういないあのひとは』 『しろいひつぎでねむっていた』 『それからあのひとのいろにずっとずっとそまっている』 「うっ……なんだこれ」  俺は思わずその場に膝をついた。  思い出した。あれは昔、部屋の隅でひっそりと読んでいた絵本だ。あの頃から誰もに構ってもらえなかったシュヴァリエが図書室から拝借して一度だけ目を通して、意味がわからなかったことにイライラしてそのまま破り捨ててしまった。そのあとめちゃくちゃに怒られたけど、シエルがもういらないと言ったことでそれ以上怒られることはなかったが、後からこっそり宝石を売って同じものを買い図書室へ戻したんだった。 「あの頃は寂しさや虚しさからくる苛立ちで衝動的になることもあったけど、良心もそれなりにあったんだよな……」  柊紅夏の記憶が蘇ってからは過去の自分を客観的にみることが多くなっている気がする。  ……まあ、それはそれとして。  なんで今こんな記憶を思い出したんだ? タイミング的になにかヒントでもあるんだろうか。 『むらさきのおてがみにさそわれて』  …………おてがみ、オテガミ、お手紙……便り? 紫の便り?   はーん? そういうことか。ヒントどころか答えだわ。  ここまでの道中で花が描かれていた箇所は多々あるが、それは記憶の絵本のお話そのままだ。あの絵本はある花とその花言葉が隠されている。壁の花がその証拠になっているから間違っていないと思う。一通り書き出してみるか。 -------------------- 『むささきのおてがみにさそわれて』  →アヤメ 花言葉:よい便り 『あかいきんぎょとおしゃべりしたよ』  →キンギョソウ 花言葉:おしゃべり 『だけどしろいおほしさまにきらわれた』  →カラスウリ 花言葉:男嫌い 『なぐさめてくれたのはしろいどれすのおんなのこ』  →スノードロップ 花言葉:慰め 『たくさんのこどもたちがおかねをいっぱいもっていて』  →カネノナルキ 花言葉:一攫千金 『だけどおつきさまのおはなにうばわれた』  →ゲッケイジュ 花言葉:裏切り 『むらさきのきれいなひとにひとめぼれ』  →ライラック 花言葉:恋の芽生え 『きいろいおはなばたけにすみついたのに』  →ユリオプスデージー 花言葉:夫婦円満 『かじつをたべたらわすれてしまった』  →ブドウ 花言葉:忘却 『あのひとのいろにそまったらおもいだせたのにもういない』  →ストケシア 花言葉:追想 『しろいひつぎでねむっていた』  →ポピー(白) 花言葉:眠り 『それからあのひとのいろにずっとずっとそまっている』  →シオン 花言葉:君を忘れない --------------------  多分これで合っている。今いる場所の壁を見るに描かれている花はブドウ、アジサイ、アツモリソウと完全にバラバラで花言葉も被っていない。冷静になって思い出してみるとこれまでの花の絵はすべて違っていて、花言葉もしくは色が同じでも、正解以外はどこか外れていた。そしておそらくこの先の道もその可能性が高い。油断は大敵だけど罠の面から見ても造った奴は意外と良心的な人物だと想像がつく。なんやかんやで正しい道に誘導されていた気がしないでもないし。それに罠や通路の様子から植物に明るい人物だろう。……賭けてみるか。  俺はだいぶ小さくなった糸玉を持ち直し、ブドウの花が描かれている通路に足を踏み入れた。  ……どうか正解でありますように!
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