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ベランダにつながる掃き出し窓のそばにはフランスゴムの木が枝を広げていた。生き生きと茂る葉が日差しをくれと言っているように見えて、カーテンを開けてやった。嬉しいか、と尋ねるとなぜか、嬉しいと返事しているように思える。植物は人とすまうと会話の術を会得するのだろうか。真帆が花に話しかけている気持ちがなんとなくわかってしまった。
ベランダから春の青空がのぞいていた。窓を全開にしてフランスゴムの木と日向ぼっこでもしたらさぞ気持ちがいいだろう。
ついつい座り込みそうになり、園田はうーん、と唸った。ここは危険だ。ずるずると長居をしてしまうタイプの部屋だ。うっかり昼寝して真帆をおかえり、と迎えてしまう事態を回避せねば。園田は部屋をあとにした。
テーブルに置いてあった合鍵を返すべく、花屋へ向かった。春の匂い、というのがどんなものか園田は具体的に言えないが、そんな感じのする爽やかな風が吹いていた。
店で忙しそうに立ち働いていた真帆は園田を目に留め、指でくるりと平たく半円を描く仕草をした。裏へ回れ、ということか。
横にある細道へ入り、裏口と思しき扉の前で待った。真帆はすぐに出てきた。
「合鍵。ありがとう」
「ああ」
「昨夜はほんと助かった。お礼したいから、今度飲みに行こう」
「そんなのいいよ」
真帆は眉を潜める。そこまで拒否しているわけではない、ということにした。
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