第一章『まずは友達から』

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第一章『まずは友達から』

━━外から聞こえてくる鳥達の囀り……。 カーテンをすり抜けて、暗い部屋を照らそうとする朝日……。 「━━」 ……その日は目覚ましが鳴るよりも早く目が覚めた。 傍に置いてあったスマートフォンに、時刻は五時五十六分と表示されていた。 「……」 その事を確認しながら布団を自らの体から剥ぎ、六時丁度にセットしてあった目覚ましが鳴る設定をオフにする。 パジャマを脱ぎ、約二週間ぶりに着る事になる、高校の制服へと着替える。 「……あっ」 ……ふと目についた、カレンダーの異変に気がついた。 現在貼られている物が、先月のままであったのだ。 急いで捲り、そこで漸く今の月と一致する物が現れた。 「……よしっ」 ……今日は四月一日。 ━━今日から、私は高校二年生だ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ……鞄の中身を確認する。 生徒手帳、財布、ハンカチ、ティッシュ……全て入っている。 「……よし」 そうして鞄を閉じてから部屋を出て……一階に降りて、玄関へと向かう……。 「━━ふぅ、よし今日も頑張ろう……」 「……あっ」 そしてそこには……私よりも、いつももっと早く起きている者が、靴を履いて今にも外に出ようとしていた。 「……おはようございます、父さん」 「━━ん? あぁ、おはようございます。 岬」 仁藤大和……私の父親である。 「今日も早いんですね」 「はい、仕事場がいつもより遠い所に変わってしまって……今日から更に早起きをして、家から出なければならなくなってしまったのです」 「そうですか……! 少し待っていてください」 「……?」 父さんの顔を見て思い出した。 急いで台所に向かい、冷蔵庫を開けてとある物を取り出して、玄関へと戻る。 「……お待たせしました。あの、これお弁当です」 「あっそうだ、すっかり忘れていました……ありがとうございます」 「いえ、お渡し出来てよかったです……昨日の内に作っておいて正解でした」 「……」 私の言葉を聞いて、父さんの表情が儚げな物へと変わる。 「……岬」 「んっ……」 そして父さんは、私の頭を撫でて言葉を続けた……。 「ごめんなさい岬、お父さんの仕事が忙しいばかりに……岬には、いつも家の事を任せてしまっていますね」 「……っ」 ……父さんの優しい表情、眼差し。 日頃から頑張っている事を、もっと褒めて欲しいと、抱き着いて甘えたい所であるが……その気持ちを堪えて、私は言葉を返す。 「……いえ、私ももう高校二年生なのです……もう子供では無いのですから、家事ぐらい一人で出来ますよ」 「私の事はいいですから、父さんはお仕事の事だけに集中してください」 「……」 ……甘えたい気持ちをかき消す別の気持ちを、表明したつもりだったがつい強く言い過ぎてしまった。 父さんはぽかんとした表情をしていたが……すぐにふふっと微笑むと、私の頭を更に撫で始めた。 「立派なお姉さんになりましたね、岬」 「立派なのはいい事ですが……何か困った事があれば、いつでもお父さんを頼ってくださいね?」 「……はい、ありがとうございます」 「あっ、もうこんな時間か……それでは行ってきますね」 「━━湊斗の事、頼みましたよ」 「行ってらっしゃい」 そうして父さんは家を出て、駅へと向かっていった。 ……いつも仕事で忙しい父さんは、頼られる余裕が無さそうな程にやつれている。 父さんに迷惑をかける訳にはいかない。 「……」 それからまだ消え去っていなかった甘えたい気持ちを、完全に無き物にする為に……私は台所へと向かって、この家での自分の仕事を開始させた……。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「……」 制服を汚さない為にエプロンをつけた。 フライパンの上にて、徐々に焼き色へと変わっていく野菜炒め……。 いつも私が早く起きているのは、電車での登校時間に余裕を持たせる為だけでは無く……弟に朝ご飯を作る為でもあった。 その中には当然、私の分も含まれている。 「……!」 ……台所に立ってから、あっという間に三十分が経過していた。 朝に過ぎていく時間は本当に早い。 それにも関わらず、弟はまだ起きてこない。 今日から新学期だというのに、春休みの気分がまだ抜け切っていないのであろう。 「よし……!」 それから朝ごはんが完成し……二階の弟の部屋に向かう。 「━━湊斗!」 「……」 私が階段を昇る足音を立てても、部屋の扉を勢いよく開けても……弟は布団にくるまったままだ。 「はぁ……起きてください!」 「んぅ〜!」 部屋のカーテンを開けて、湊斗から布団を剥がすと……彼は猫のように体を丸くさせた。 「うっ……眩しっ……」 だがいつまでも布団にいる訳にはいかないと諦めたのか、体をふらつかせながらも、着替えて朝の支度をし始めた。 「早く着替えて降りてきてください、もう朝ごはんは出来ていますから」 「うい〜」 ……湊斗の力が抜けるような返事を聞き届けた後、一階へと戻る私。 二人が降りてくる前に、朝ごはんをテーブルへと並べていく。 「━━はぁ、学校だるいなぁ……」 「……やっと降りてきましたか、忘れ物はありませんね」 「ないよ〜」 それから湊斗はランドセルをソファの上に置き、食卓についた。 私もエプロンを外して、椅子に座る。 「では……いただきます」 「いただきまーす」 そうして食事の号令をした後、私達は朝ごはんを食べ始めた。 「むしゃむしゃ……」 「……」 湊斗は眠たそうにしながらも、しっかりと朝ごはんを食べてくれている。 ━━仁藤湊斗。 私が今日から高校二年生になるのと同時に……彼もまた、今日から小学五年生となる弟だ。 「……父さんは?」 それから黙々と朝ごはんを食べる私達……その中で湊斗は、唐突にその質問をしてきた。 「もうお仕事に行きました」 「早いね〜」 私からの返事に関心しているようで、自分はそんなに早くからは起きれそうにないと諦めているような表情をしながら、湊斗が声を漏らした。 「そうです。私でさえ早く起きているのに、父さんはもっと早くに起きているのです」 「貴方も早く起きて……とまでは言いませんが、せめて自分から起きれるようになってください」 「うん〜」 私から目を逸らしながら、絶対に実行する気が無いと感じるような返事をした湊斗。 なんだかんだ言われても……また私が部屋まで起こしに来てくれると、湊斗は信じているからであろう。 ……湊斗は私に甘えているのだ。 その気持ちに応えるか、拒むのか……遅刻しても知らない、今度からは自分で起きろと伝えようとした事もあった。 でも今の湊斗にとって、頼れるのは私だけ……頼られるのは嬉しいし、湊斗もまだ子供……ではせめて中学生になるまでは、起こしにいってやるとしよう。 「ごちそうさま〜」 「はい……っと、もうこんな時間ですか」 「お皿だけ下げとくね」 「ありがとうございます」 ……それから朝食の時間が終了。 素早く皿洗いを済まし、私は家の鍵を持って、湊斗と外に出る。 「じゃあ行ってきまーす」 「はい、お気をつけて」 先程まで眠そうにしていた湊斗もすっかりと元気になっており、ランドセルを揺らしながら走って角を曲がっていった……。 心地良い春の陽気……今日は心も体も温かい気持ちのまま、新学期を迎えられそうだ。 ……私も高校に向かうとしよう。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「━━ふぅ……」 徒歩にして二十分……それだけの時間を費やした先に、私の通う高校はある。 ━━北が原高等学校。 丁度一年前にも見た桜の木々……そこから散る花びらが、新学期を迎える私達を校門へと誘う。 「やった〜一緒だ! これから一年よろしくね!」 「えぇ〜私だけ別じゃーん」 昇降口では既に、新しいクラス割の紙が大きく貼り出されていた。 それを囲んで騒いでいる同級生達……だが私にとっては、どのクラスになろうがどうでもいい事であった。 私が入るのは一組……その欄に書かれた仁藤岬の文字を確認した後、そそくさと教室へと向かう。 「……」 ……教室に着いた。 朝のホームルームが近付いている時間なだけあって、そこには殆どの生徒達が集まっていた。 そして私の席は一番後ろの、窓側から二番目の列にある場所にあった。 「……ふぅ」 席に腰を降ろした後……朝早くに起きてから登校時までに蓄積された疲れを発散するように、自然と溜息が出た。 一番後ろなだけあって、そこから教室全体を眺める事が出来る。 「はぁ〜、もうお家に帰りたいよ〜」 「でも今日は初日だから、いつもより早く帰れるよねっ」 「……」 友達同士で会話をしている者、友達と別々になってしまい一人ぼっちになってしまった者…… そしてかく言う私は━━はっきり言って友達がいない。 友達と呼べる者が、入学した頃からこの校内では存在しない。 どのクラスになっても、私にはどうでもいいというのはこれが理由だ。 「……」 ……このクラスにいる生徒一人一人は、これから始まる新学期に希望を抱いているのだろうか。 既に出来ている個々のグループに、周囲から向けられている羨ましそうな視線━━今は一人ぼっちになってしまっていても、このクラスで新しく友達を作って頑張っていこうと思っていたりするのだろうか。 「……」 ……だが私は、家に帰ったら何を湊斗に食べさせるか、晩御飯の献立を考えていた。 友達なんていなくても……私には帰る家と、そこで行う役割さえあればいい。 そう思いながら私は、いつも持ち歩いている料理本を広げたのであった……。 「━━おらーお前ら、席つけー」 ━━やがてチャイムが鳴り、それと同時に若い女性の先生が入ってきた。 散り散りになっていた生徒達も、一斉にそれぞれの席につく。 私も本を閉じて、黒板の方を見ようとした時━━ある事に気がついた。 「……!」 私の隣の席……つまりは一番後ろの一番窓側にある席に、座っている筈の者が不在なのだ。 ……新学期早々遅刻か? 「さて……あっ、おはようございますー」 「「おはようございま〜す」」 「えっと、まずは進級おめでとう。高校二年生っつったら、修学旅行やら何やらイベントが盛り沢山の学年だなー」 「お前ら来年は受験だし、今の内に高校生活楽しんどけよー……でも楽しみすぎて赤点だけは取んなよー、勉強も頑張れー」 「……」 東蘭子先生。 タレ目に泣きぼくろが特徴のこの先生は、女子の体育の先生であり……その緩いような雰囲気と口調から、人気のある先生だ。 隣に座っている女子達のヒソヒソ声から、"当たり"という単語が聞こえてきた。 「んで━━早速だが、今日からこのクラスに転校生がやって来るんだなー」 「「……!!」」 そして……あまりの突然の発表にザワつく教室。 つまり、私の隣にあるこの空席は━━ 「おら、入れー」 先生のその言葉により、静かになるクラス……そしてガラガラと開かれる扉…… 「━━うっす」 金色の髪……黒いピアス……ブレザーである私達に対して、学ランの制服…… そうして……何だか不良であるような雰囲気の生徒が、教室に入ってきた。 「ちょいちょい、こっちこっち」 「……あ、うっす」 それから先生に手招きをされて、転校生は黒板の前に立たされた。 「はい、自己紹介どうぞー」 「あー……東京から来たっす、木島希空っす……よろしくっす」 「へー、君この漢字で希空(のあ)って読むんだ。かっこいいねー」 「……どうもっす」 東京という言葉に再びクラスがザワつく中……先生は黒板に木島希空の文字を書き、それを見ながら木島さんの肩に手を置いていた。 「よし、じゃあ木島……あそこの空いてる席に座れ」 「うっす」 「んで、隣に座ってんのは……おーい仁藤」 「!? は、はい!」 「今日から転校生くんの隣人として、木島にこの校内を案内してやっといてくれ」 「……えっ」 先生から呼ばれて目が合った後、続いて木島さんと目が合う。 「……よろしくっす」 「あっ……はい」 木島さんは既に席に移動しており、私に会釈をしながら腰を降ろした。 なんで私が……だが嫌だとは言い返せなかったし、その気持ちが通ったとして、先生からの印象を悪くさせる訳にはいかない。 ……パパっと終わらせて早く帰ろう。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ それから始業式も終わり、オリエンテーションも終わり、教科書の購入も終わり……その日は午前中で学校が終わった。 足早に校門から出て行く生徒達……だが私にはまだ仕事が残っている。 現在、教室から校門でのその光景を眺めながら……私は木島さんが教室に戻ってくるのを待っていた。 「━━はぁ、重ぇ……」 ……暫くすると、大量の教科書を抱えた木島さんが教室に戻ってきて、後ろにある自分のロッカーにそれらを入れた。 「……木島さん」 「ん……あぁ、えっと……仁藤さんだったか?」 「はい」 「今仁藤さんしか教室いない感じ?……何で帰んねぇの?」 「それは……貴方に、この校内の案内をする為です」 「ああ……言われてたなそんな事」 「お時間は大丈夫ですか?」 「あー平気、別に急いでる訳じゃねぇし……仁藤さんは?」 「……私も大丈夫です」 「そっか……っしょと」 重い荷物から解放されて、腰を上げて伸びをする木島さん……それにしても、木島さんは背が高い。 身長は百八十ぐらいあるのだろうか……私の身長は女子達の平均からはやや低めなだけあって、距離感があっても自然と見上げるような視線になってしまう。 「それで……どっから案内してくれんだ?」 「……そうですね、まずは━━」 ……とりあえず、この学校の中で私が一番に好きな場所を案内してみるか。 「ここです」 「……ほう」 ━━図書室。 休み時間の教室にて、居場所が無かった私は……いつもこの図書室で本を読む事で、時間を潰していたのだった。 最早本が友達と言ってもいいぐらいに、私はこの図書室で様々な本を読んできた……。 「へぇ〜……」 図鑑、参考書、小説……ライトノベルや漫画まで、この図書室には色んなジャンルの本が置いてある。 それらを、木島さんは関心を持っているような感じで眺めていた。 「……あのさ、仁藤さん」 「はい、何でしょうか」 「……料理の本ってある?」 「!……料理の本ですか、えっと……」 そして、正直本は読まなそうな木島さんが、突如聞いてきたのは料理の本の場所…… 「こちらです」 「あんがとな」 「はい」 「ふーん……」 「……!」 そして木島さんが手に取ったのは……私が先程教室で読んでいた物と、全く同じ書籍の料理本であった。 ペラペラとページを捲っていき……その手は肉じゃがのページで止まった。 「なるほどな……ちょっとこれ借りてってもいいか?」 「ああはい、大丈夫です……」 「すんませーん、これ借りたいんすけど━━」 「……」 ……木島さんも料理をするのだろうか。 「お待たせ〜、で……次はどこに案内してくれんだ?」 「ああ、えっと……」 ……だがその事を尋ねる余裕も無く、今は木島さんへの校内の案内に集中する。 「次はこちらの校舎に向かいます」 「うーっす」 そして、何気なくコミュニケーションを取っているが……思えば私は、初めて男子と話をしている。 男女限らず、他の生徒と話をしたのはグループディスカッションや調理実習など……チームワークを伴っていかなければ授業を進められなかった時のみ。 なので自由時間の時に生徒と話をするのは今日が初めて……私の態度や話し方について、木島さんに不快感を与えていないだろうか……。 「ここが音楽室です」 「はいはい、音楽室な……覚えたぜ」 「はい、では続いて家庭科室に向かいます」 「うーっす」 一方の木島さんは……私の話に対して、しっかりとしたリアクションを取ってくれる。 木島さんも東先生のように緩い感じなのであろうが……面倒くさそうな表情もせず、しっかりと私の後を着いてきてくれる。 「……着きました、ここが家庭科室ですね」 「なんか作ってんな」 「はい、今は調理部の皆さんが活動されていますね」 「なるほど、やっぱ皆うめえな……仁藤さんは、何か部活入ってんの?」 「いえ、私は帰宅部です」 「そっか」 軽い口調でも、時節口角を上げた笑顔を見せてきたり……さり気なく雑談を混じえてきたり、木島さんのコミュニケーション能力の高さが伺える。 一目見た時は怖そうな不良のイメージだったが……不良なのは見た目だけの話だったのかもしれない。 ……それに対して私は━━ 「では続いては━━」 「……てかさっきから思ってたんだけどさ」 「……はい?」 「仁藤さん、何で敬語なの?」 「……えっ」 「俺らって同い歳(タメ)だろ?……別に敬語使わなくてもよくね?」 「それは……」 ……渡り廊下に出た時の事であった。 その事を思った瞬間、私の考えている事を当てるかのように、木島さんは指摘を入れてきたのだ。 確かに私は、基本的には敬語で話す……それに自分でも、あまり笑わない無表情な奴だと思っている。 木島さんにも他所他所しい、お堅い女だと思われたのだろう……フレンドリーで緩い木島さんとは、正しく正反対の性格であるのだ。 「━━すみません。親がこのような話し方であるので……遺伝、みたいな感じだと思います」 「……あっ、そう━━」 「私自身でも無愛想に感じているので、これまでに何度も直そうと思いました」 「……えっ?」 ……普段から会話をしない分、その時の私は緊張をしていた。 なのでこれまでに思った自分自身に対しての印象を、無意識に言葉にして発してしまった。 「でもいざ話そうとすると、変な感じになってしまって……どうしても上手くいかなかったのです」 「小さい頃からずっと、この話し方のまま成長をしてきたので……体に染み付いてしまっているんだと思います」 「えっと━━」 一度発してしまうと、その言葉の流れは留まる事を知らない。 何か言いたそうにしていたが……木島さんには困惑している表情にさせながら、私の言葉を一方的にぶつけさせてしまっていた。 「今回の木島さんのように、何度も他の人からご指摘を頂いた事もあります……でも、それでも直せなくて……」 「……私って、他所他所しいですよね」 「……」 私の話が終わった事を察したのか……それまでに上げていた両手をゆっくりと降ろした木島さん。 一瞬変な空気にさせてしまったが……木島さんからの返事は、その数秒後すぐに返ってきた。 「えっと……まずは悪ぃ。謝らせるつもりはなかったんだ……俺の言い方が強すぎたな、マジで悪ぃ」 「……いえ、木島さんが謝る必要はありません」 「そっか、そんな深刻に考えてたんだな……でもまぁ、無理して変えなくていいと思うぜ」 「……え?」 「敬語っつーのは……他所他所しく感じられても、礼儀正しく感じさせる事も出来んだろ?」 「敬語を話し続けんのも、悪い事だけじゃねぇ……その敬語を使っていく上での良いとこが、仁藤さんの良さでもあると俺は思うぜ?」 「木島さん……」 そして木島さんは……最終的に、私の性格をポジティブに変えていくような助言を与えてくれた。 彼は照れくさそうに、自身の頭を撫でながら……こう話を続けた。 「でもびっくりしたわ。仁藤さんって最初見た時は大人しそうな奴だって思ってたけど……急に喋りまくり始めてさ」 「びっくりしたけど……ふっ、ふははっ、何か面白かったわ」 「なっ! 失礼な……これでも結構悩んでいるんです!」 「悪ぃ悪ぃ……そうだな〜、先生や先輩にはよく思われるかもしんねぇけど、俺達タメからは他所他所しいって思われるかもな」 「はい、そのせいなのか……今まで一人もお友達が出来た事無くて……」 「ん? いねぇのダチ?」 「はい、いません……」 「そっかー━━」 桜の花びらが風に乗り、渡り廊下の床までやって来たその日…… 十六年間生きてきた中で……私は初めて言われる言葉を、彼から授かる事となる━━ 「じゃあさ━━仁藤さん、俺とダチになってよ」 「えっ……!? そんないきなり!?」 「ダチになりゃ、他所他所しくする必要も無いべ?……俺も初日で誰も知り合いいねぇし、いい機会だと思うんだ」 「どう、かな……?」 「……」 ……木島さんから差し伸べられた、男の人の大きな手。 友達と作り方など、この私が知っている筈が無い……でも案外、現状のようにあっさりと出来てしまう物なのだろうか。 「……はい、いいですよ」 「……おっ」 「こんな私でよければ……これから宜しくお願いします。 木島さん」 「おう、宜しくな仁藤さん」 「はい」 そうして私にとっても、木島さんにとっても……この学校での、私達は初めてのお友達同士となったのだった。 木島さんからどう見えていたかは分からない……だがその時の私は、自然と笑えているような表情でいられているような気がしたのであった……。 「でさ、他所他所しく感じさせたくないから……呼び方を変えればいいんじゃね?」 「……呼び方ですか?」 「うん、例えば俺の事は━━」 「━━ん、あーいたいた、おーい木島ー」 「……あっ、先生」 そんな私達のところに、ふと東先生がやってきた。 「おっ、仁藤も一緒かー……ひょっとして、まだ案内中だったりする?」 「ああいえ、今終わりました」 「ああ、よかった━━おい木島、ちょっとこい」 「?……何すか」 そうして二人は私から少し離れると、私に背中を向けながらヒソヒソと会話をし始めた。 「……!」 先生から警察だとか、母親だとか単語が聞こえてくる中……木島さんは動揺を隠せない様子でいた。 「悪ぃ、仁藤さん……ちょっと俺先帰るわ」 「?……ああ、はい分かりました」 「本当は一緒に帰ったりする事も考えたんだけど、また今度だな……んじゃあな!」 「はい、お気をつけて……」 そうして木島さんは東先生に連れられて、その場を去っていった。 早歩きで行ってしまったが……そんなに深刻な事を、東先生から告げられたのだろうか……。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「……」 ━━それから帰宅後の夜。 私は木島さんから受け取った友達という単語を……家に帰る際の通学路を通っていた時から、ずっと心の中で温かくさせていた。 彼と今後過ごしていく高校生活は……一体どのような物になっていくのだろうか。 もしかしてゆくゆくは……恋人関係に発展したりする事もあるのだろうか……。 「〜〜!」 いやないない。 過ぎた期待をするのはよそう。まだ出会って初日だぞ。 「姉ちゃんさっきから何してんの……気持ち悪いよ……」 「! なっ、失礼な……いいから貴方は、早くご飯を食べてくださいっ」 「……うん」 その気持ちは、食卓にて晩御飯を食べている湊斗の前で悶絶させていた。 そして湊斗から指摘を受けた事で……徐々に冷静さが取り戻されていくのを感じた……。 「……」 ……木島さんは転校生、こちらには友達がいなくとも……あの性格であれば、きっと東京の方では沢山の友達がいるに違いない。 それに恋人だって━━いや、今の私にとっては、友達がいる時点で十分に恵まれている筈だ。 明日からは今のように深くは考えずに、普通に木島さんに接していこう……。 そう思いながら私は深呼吸をして、更に心を落ち着かせるのであった……。 「……てかさ〜、聞いてよ姉ちゃん」 「? 何ですか」 「今日さ〜、うちのクラスに転校生が来たんだけどさ〜……マジで変な奴だったんだよ」 「……変な奴、ですか?」 「うん……俺の席と交換しろだとか、その鉛筆寄越せだとか、給食で嫌いな物出たらお前が食べろだとか……」 「もうどうしようも無いワガママ女だったんだ〜……」 「そうですか……湊斗の所にも転校生が来たんですね」 「えっ、姉ちゃんのとこにも来たの?」 「はい、男の子が一人転入してきました」 「ふーん」 その時━━ 『━━おいババア! てめぇこんな時間からどこ行くんだよ!!』 「「!?」」 突如隣の家から聞こえてきた怒号。 ……しかし、その声はどこかで聞き覚えのある物で…… 「なになに、喧嘩でもしてんの?」 「……ちょっとお姉ちゃん見てきますね」 その声はどこから発せられている物なのかを確かめる為に、一先ず外に出る……。 『また飯も作らねぇでよ!! そんなんだったら母親やめちまえよ!!』 外に出ると、隣の家では車が止まっており……既に発進して、街灯が届かない闇に消えようとしていた……。 「━━はぁ……はぁ……あの野郎……」 「……えっ」 その消えるタイミングで……隣の家の扉から、一人の人物が出てきた……。 「━━木島さん」 「━━は? あっ、えっ? ええっ?」 「……」 「……えっ、仁藤さんじゃん。なんでいんの」
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