六切玻璃

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「いきなりすまない。今ね、人を探しているんだ。怪しい者じゃないよ」  懐を漁った手が差し出される。白い手袋に包まれた指には、一枚の名刺が挟まっていた。ギヴァーと中央に大きく書かれているが、これが名前だろうか。玻璃はあまり名刺を見る習慣が無い。  名前のすぐ下に、小さく「精神」と書かれているのが読めた。その続きもあるが、難しい漢字で読む気にならない。何やらお偉いさんのようだ。 「精神科医や、その他にも薬を作ったり、色々しているんだ。実は、治験参加者を募集しているんだ。アルバイトでね。一人脱退してしまって、急いで空きを埋めたいんだ」  玻璃は顔を思い切りしかめた。そんなの、まともなバイトなわけないじゃないか。警戒すると、ギヴァーは反応が思った通りだったのか、クスクスと上品に笑う。 「一応、ちゃんと法的に認められたバイトだよ? たとえば頭痛薬とか、風邪薬とかに役立つ。もちろん副作用が絶対無いわけじゃないが、もしもの場合、社が手厚く保障する。危険が伴う分、報酬もそれなりだ」 「……いくらだ?」 「三万」 「はっ?」 「一回ね」  玻璃はあまりの高額さに、まの抜けた声を上げた。一回。たった一回、薬を服用しただけで三万円も貰えるのか?  聞き間違いではないかと、何度も頭の中で先程のシーンを繰り返した。ギヴァーは人の良さそうな笑みのまま、頷いて肯定を示す。さらに説明が続くが、ますます耳を疑う条件だった。  週に一回入院するのが条件。入院費や一日の食費は全て用意せず、会社負担。玻璃の顔は、頭に染み付くごとに歪んでいった。これは怪しすぎる。 「……どうして、俺を?」 「君は、忠実そうだ。ほら、待てができただろう?」  「待て」とは、さっき落ちた小銭を拾わなかった事だろうか。他人を犬呼ばわりとは、とんでもない変態と会ってしまったかもしれない。しかし、玻璃の表情はふと弛んだ。  考えてみたら、どうして迷っているのだろうか。嘘であったとしても、体を捌かれたとしてもいいじゃないか。帰る場所に、自分を望む人は誰一人居ない。むしろ餓死する手間が省けるんじゃないか?  少年にしては痩けた頬が引き上がった。それは彼なりの不器用な笑顔で、ギヴァーは不思議そうに首をかしげる。 「やる」  そう言った掠れた声は、今まで以上にハッキリしていた。
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