六切玻璃

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 ギヴァーと名乗る、怪しい医者の誘いの手を取ってから、二日が経った。  スマートフォンを持っていない玻璃に、ギヴァーは病院までの地図を用意した。そこまでは数十キロと離れていたため、運賃とその間に必要な食費まで渡してくれた。それを使って、玻璃は初めてのネットカフェで、何年かぶりにゆっくり睡眠を取る事ができた。  まるで天国のような二日間だったが、なんだか奇妙な気分だった。たしかに誘いには乗ったが、こんなに優遇されていいのかと、心が落ち着かない。 (やっぱり、最期になるんじゃねえのかな。まあ……それでもいいか)  人生最後であるなら、夢心地を楽しんだからいい。もし彼が世間的に悪魔だったとしても、自分にとっては夢をくれた天使だ。だったら、礼として役に立って終わろう。  玻璃は電車で揺られながら、過ぎ去っていく風景を眺めてそう思った。   一時間かけ、地図に指定された駅に降りる。玻璃は合っているか不安になりながら、無人の改札口から出た。  いやと言うほど見慣れたビルが一つもない。代わりに空へ伸びるのは青々とした山。踏み慣れたコンクリートはどこかへ行って、柔らかな土に支えられている。超が付くほどの田舎だ。 (とりあえず……この通りに行ってみるか?)  行動はそれしか残されてはいない。玻璃は地図と睨めっこして時々立ち止まりながら、亀のように進んで行った。  地図をたどった足が、山道を彷徨って三十分。永遠に続くと思われた上り坂に嫌気がさした時、既視感のある建物が目に入った。地図と一緒に貰った写真に写っていた病院だ。  玻璃は怪訝そうに建物を見上げる。写真を見ても思ったが、実物はもっとボロボロに見えた。病院は綺麗なイメージがあったため、入るのに勇気がいる。それでもチラつく高額報酬欲しさに、入り口ににじり寄っていった。  無意識に、泥棒のような足取りで入り口に入る。しかし中は思ったよりも綺麗で、拍子抜けした。ちゃんと掃除されているのが見て取れる。  土足禁止なのか、スリッパが用意されている。履き替えてすぐの扉を開けると、受付に座ったスタッフが気付いて微笑みを向けた。 「こんにちは。治験参加者ですか?」 「あ……はい」 「では、こちらの資料をお読みになって、奥でお待ちください」  玻璃は数枚重なった資料を受け取り、示されたドアをくぐった。中は待合室で、やはり外観が嘘のように整っている。普通の病院となんら変わらなく思えた。
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