治験参加者

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 満は小さく低い声にキョトンとした。聞いておいて、玻璃は思わず逃げるように顔を背ける。  玻璃は知識も無ければ頭も悪い。しかし、だからこそと言うべきか、ものの本質を察するのは上手かった。だから分かるのだ。最初から平均台の幸せを知る者が、わざわざ不幸を想像しないと。別に理解されたいとも、同情も望んでいない。しかし生まれる感情は、どうしようもない疲労と劣等。  満は少し考えるように、プレゼントが映ったままのスマホに視線を落とす。 「家族が大事なのは、たまたまだと思う」 「あ……?」  まさか答えられると思っていなかった玻璃は、声にならない小さな疑問を返した。満は唖然とした彼に優しく笑う。 「血が繋がっただけで、心が繋がるとは思わないな」 「家族って、そういうもんじゃねえの」 「うん、違う。ただ家に一緒にいて、血が繋がった。俺はそれがたまたま、心も繋がっただけ。だから、友達や恋人が家族より大事な人は、たまたま家族とは繋がらなかったってだけ。そんな大きな違いは無いと思う」  玻璃は何も言えず、ただ驚いて目を丸くしていた。そんな考えを聞かされたのは、生まれて初めてだ。そうか、満は土台を幸せだと思える人間なのだ。そしてそれが、当たり前でなくてもいいと。  何故か、胸の中がふわりと浮いた軽さを感じた。よく分からない初めての感覚だ。 「あ、これは俺の考えで、他にもいろんな答えがあると思うけど」 「……そうだな」  玻璃はまたそっぽを向くと、頬杖をついた。そしてポツリと、独り言のように呟く。 「俺は、この本が好きだ」 「面白いよね。絵本なのに、全部の描写が映画みたい」 「……今日、久しぶりにパン食った」 「お昼? 美味しかったよね。夕飯は何だろうな。六切は何食べたい?」 「肉。……佐藤は?」 「俺はシチュー好きだから出て欲しいなぁ」  なんでもない会話。どちらかといえば、飽きてしまう、内容の無いつまらない会話だ。それでも、玻璃が自分から話題を出すのは数年振りで、もっと続けたいと何故か思った。 「…………喜ぶといいな、姉」 「! うん、ありがとう」  他人の幸せを願ったのは、生まれて初めてだ。そのせいでぶっきらぼうだったが、満はとても嬉しそうに笑った。
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