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特別大きな盛り上がりは無いものの、二人の会話は自然と途絶えなかった。会話を終わりにしたのはどちらでもない、天井に付いたスピーカー。
小さくも目立つチャイム音は、病室に居ない参加者へ戻るよう促す合図だ。外を見れば夕方が終わる直前。夕飯が運ばれてくる頃だ。
「そろそろ行こっか」
「ああ」
「そうだ、連絡先交換しようよ」
「スマホ持ってねえんだ」
「じゃあ、ちょっと待って」
満はズボンのポケットからメモ帳を取り出すと、一枚に電話番号を書いた。それをちぎり、玻璃に差し出す。
「また話そ」
友達と言っていいのだろうか。玻璃は聞けず、ただ頷いてメモを受け取る。席を立った満に続いて腰を上げ、図書室から並んで出た。
「お、いい匂い」
「腹減る」
「米、おかわり自由だって」
また、他愛の無い会話が始まる。心地良い時間だ。今ならさり気なく、この関係を友達と称していいか、聞けるだろうか。
「……なあ佐藤」
勇気と望みを絞り出した声に、返事は無かった。緩んだ胸がギュッと締め付けられるのを覚える。しかしすぐに解かれた。声だけじゃない。隣にあった足音も消えていると気付いたからだ。
違和感に振り返る。満の体は、数メートル後ろで地面に伏せていた。
ピクリともしない彼へ慌てて駆け寄り、体を仰向けにさせる。顔色が悪い。顔面蒼白という言葉が目に見えて分かる青白さだ。呼びかけに答えない。呼吸はかろうじてしているが、まるで死人だ。
玻璃は緊張によって、突き刺されるような痛みを全身に感じた。心臓を耳に直接当てたように、ハッキリ脈動が聞こえる。無意味に体が震えて思考が定まらない。
(だ、だれか!)
しかし廊下は無人。零れ落ちそうに見開かれた黒い瞳が、忙しなく左右に動く。目まぐるしく変化する視界の中、一つ、希望が映った。
玻璃は急いでそれへ手を伸ばす。指が触れたのは、プラスチックのケースに守られた、赤いスイッチ。近くにスタッフが居ない時、報せが行く緊急時のスイッチだ。
押して数秒。永遠に思える数秒後、足音が聞こえてきた。そうなるとあっという間で、数人のスタッフが二人を取り囲む。玻璃は状況や先程までしていた行動等を、なんとか必死に伝えた。タンカが運ばれてきて、満の体が静かに横たわる。
「ひとまず佐藤さんは治療室へ移動させます。六切さん、早急のご対応、ありがとうございました。病室に戻れますか?」
「あ……は、はい」
玻璃は呆気に取られている間に、一人ポツンと取り残される。
スタッフへ生返事をして、何分膝をついて呆然としていただろう。ぼんやりとだが我に返り、力無く立ち上がると、病室への道をトボトボと辿った。
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