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ベッドには簡易テーブルが引き出され、既に 食事が並んでいた。同じ病室の仲間はもう箸をつけている。玻璃もベッドに座って、箸を握った。
健康的だが病院食にしては豪華なメニューだ。肉は分厚く、汚れていない食事はこれで二度目。しかし心は目の前の肉よりも、空いた隣のベッドに向けられている。
その日の食事は、舌が麻痺したように何の味もしなかった。
夕食が終われば、あとは消灯時間まで何も無い。頭の中に満の顔がチラついて、用意されている娯楽に触れる気が起きない。かれこれぼーっとしただけで一時間以上は経つ。
目蓋を閉じれば浮かんでくる。彼の青ざめた顔が。このまま寝れば、夢に出そうなほど強烈に刻まれている。
「──六切、起きてる?」
「! 佐藤!」
他にも人が居るのも忘れ、玻璃はベッドから跳ね起きた。控えめに名前を呼んだのは、今か今かと待っていた満の声。カーテンを開けると、勢いの良さに驚いている彼が居た。
満は血相変えている玻璃の顔に、申し訳なさそうに笑った。
「さっきはごめんね。低血糖で倒れたみたい。俺、前もやっちゃったんだ」
「ていけ……? も、もういいのか?」
「うん、処置してもらったから。もしもの時に、ブドウ糖貰ったし」
「そう、か」
「ごめん、心配させて」
「いや、別に……無事なら」
そう言いつつ、玻璃は安堵のあまり、腹から深く息をついた。話したい事はたくさんあるが、もう消灯時間だ。それに、大丈夫と言っているが、無理もさせられない。
しかしカーテンを閉めた満をどうしてか追いかけた。
「佐藤」
「ん? どうしたの?」
「……佐藤、だよな?」
「え、そうだけど、なんか変かな?」
「あ……いや、悪い。じゃあな」
「うん、おやすみ?」
満は首をかしげながらも、穏やかに手を振った。玻璃はカーテンで彼を遮りながら、眉根を寄せる。
(何言ってんだ、俺)
本当に、疲れているだろう彼になんて事を言ったのだろう。
変な感覚を覚えた。笑顔も、口調も全て同じなのに、まるで別人と話しているような感覚。しかし会って数時間なのに、何故そんな事を思うのか。きっと気のせいだ。慣れない環境で、少し興奮しておかしくなっているのだ。
玻璃は暗くなった天井を見つめ、必死に言い聞かせながら目を閉じた。
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