喫茶店での相談者

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「……分かった。でも、ここから先、全部私たちに任せてもらうよ。それが条件。あと、見た事も他言無用」 「もちろん。あれ、今私って言った?」 「言った。ほら立って、先に玄関に居てね。バイク出してくるから」 「は、はいっ」  半ばヤケになった天は、二人の様子を見ていた優牙に手を振って、外出を示す。頷いた彼を視界の端に捉えながら、カーテンで隠した勝手口から出て行った。  勢いの良さに、由香里はほぼ反射で返事をした。ポカンとしていると、優牙と目が合う。優しい笑顔で会釈をされて我にかえり、大きく頭を下げると慌てて玄関へ向かった。  ドアベルの激しい音に、バイクの唸り声が混ざる。ガス臭さに思わず閉じた目を開くと、目の前にヘルメットが差し出された。受け取ると、彼は背中に乗るよう指で支持する。  言われるがまま背後に回ったところで、彼は思い出したようにヘルメットの目元を下げた。 「住所、教えて」 「あ、えっと、スギナミの──」 「オーケー。変な顔してるけど、やっぱ止める?」 「え、や、やめない! けど、アマネさん」 「天。(てん)って書いて、(あま)だよ。喋り方も、名前も、情報収集で使ってる偽物。ごめんね、この職、嘘ついてナンボなんだ。捕まって。行くよ」 「きゃっ」  天はスマホの操作を終えた途端、エンジンをふかし走り出した。離れかけた由香里の腕を片手で腰に抱かせ、一気にスピードを上げる。  由香里は慣れない風圧に耐えながら叫ぶ。 「今までの、全部嘘なのっ?」 「嘘は喋り方と名前だけ。君に嘘つくの、馬鹿らしくなっちゃった」  いつもなら名前を明かしたり、素性を晒す事もしない。しかし彼女のように変に素直な人間を相手にすると、どうでもよくなる。  それにどのみち、深入りしたら全てを知るのだ。黙っている意味が無い。  信号が赤となり、タイヤがゆっくり止まる。無駄に吸った空気を、やっとの思いで吐く由香里に振り返り、天は優しく目を細めた。 「いろいろ信じられないだろうけどさ、味方なのは本当だから。でも、振り回してごめんね」 「……ううん、信じる。だって、私の話を信じてくれたの、天さんだけだから」  由香里の声は小さい。だが腰に回った腕に力が入った事に、天は安心したようにメットの中で笑った。  三十分程度、素早い景色を見ていた。やがて見慣れた一軒家がハッキリしてくる。そこが、弟と二人で暮らしている家だ。  玄関に、塀より頭が一つ分高い女の後ろ姿があった。彼女の周りを、紫の煙が取り巻いている。  天は少し手前でバイクを止める。 「リーラ!」  彼女は手を大きく緩く振った天へ振り返る。珍しい紫の目と、由香里の色素の薄い茶の目が合った。  リーラは怪訝そうに眉根を寄せると、葉巻を口から外して、天へ文句の代わりに煙を吐いた。彼は煙たそうに顔を振る。 「条件付きだったんだよ」 「キミねぇ──」 「あ、あの! 私が無理言って、天さんに連れてきてもらったんです。わがままで、すみませんっ」  由香里は硬く目をつぶり、背中までの髪が少し乱れるほどの勢いで頭を下げた。まさか謝罪されると思っていなかったリーラは、驚いて目を瞬かせる。  チラリと天を見ると、無責任に肩をすくめた。由香里が来る事は、あえて伝えなていなかったのだ。 「お嬢さん、ここから去ってくれれば、あとで多額の金が手に入るよ?」 「要りません。私はお金じゃなくて、真実が欲しいんです」  リーラは細い目をまた大きくさせると、ふっと小さく吹き出す。その反応は、天の予想通りだった。彼女は由香里のような、人間が好きなのだ。  頭を深く下げたままでいる由香里の鼻腔を、爽やかな匂いがくすぐる。これは自然の香りというより、香水の香りだ。  恐る恐る上げた顔の目の前に、黒に包まれた手が差し出されていた。 「ワタシはリーラ。お嬢さんには負けたよ」 「! わ、私は由香里です」  由香里は自分の顔を覆えそうに大きな手を、手袋越しに握り返した。
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