家族の約束

1/3

16人が本棚に入れています
本棚に追加
/191ページ

家族の約束

 ガラステーブルの上に、可愛らしい餡が上品に盛られた皿が置かれた。どれも花や動物などを鮮やかに象っていて、見事な芸術だ。  由香里は、天がオススメの和菓子屋でひと息つく事となった。彼は常連のようだが、近くにこんなところがあったなんて、知らなかった。  天は勿体なさそうに食べるのをためらっていたが、そっとひと口運ぶ。そして慣れた手付きで抹茶をすすり、幸せそうに顔を綻ばせた。彼の好物は和菓子。その見た目からは意外だが、美しさに加えて濃厚で優しい甘さが大好きなのだ。  桜の餡を口へ運びながら、天は由香里からの視線に気づく。意味はすぐ分かった。 「意外? 和菓子好きなの」 「あ、うん。天さんってハーフ?」 「ううん。私、天使だったんだ」 「えっ?」  天はさらっと言うと、続いて運ばれて来た半透明の美しい羊羹を口に運ぶ。由香里には嘘を吐く気が無くなった。だから、何も隠そうと思わない。  しかしポカンとした彼女に、天は慌てる。 「別に人間を襲おうと思ってるんじゃないよ? もう今は、多少傷の治りが早い程度にしか力なんてないし、そもそも私天使嫌いだったし」 「どうして?」 「えー? まあ色々あるけど……つまらないからかな。天界より断然人間界の方が好き。私、人間大好きなんだ。あ、この格好は、好きな人が綺麗って言ってくれたから」  天は長い髪を口元に寄せ、女性のようにふふっと笑う。  人間に憧れて、人間として堕天した。そこで彼が初めて口にしたのが和菓子。憧れるだけだった食べ物や世界に触れ、今はとても謳歌している。しかし後悔に近い悩みが一つあった。 「人間の体ってさ、なんでこんなに美味しい物ほど太るの!? 昔は何もしなくて良かったのに、ほっといたら十キロは行くんだけど!」  天は頭を抱えながら、もうひと口桜餡を頬張る。真剣な顔でそんな事を言うなんて、誰が予想できるだろうか。  由香里は自分の前に出された長細い皿に乗った、花形の餡へ手を伸ばす。真っ赤な薔薇の形をしていて、刺しかけた楊枝を止めた。胸元に輝く薔薇の石と重なり、ついさっきまでの出来事を思い出させる。なんだか、現実味が無かった。  指が無意識に石に触れたのを天は視界に止め、食べようと切り分けた手を止める。 「その石、気になる?」 「あっ……うん。ローズクオーツかな?」 「それは宝石じゃないよ。一般には核って呼ばれる、天使の心臓」 「え、し、心臓?!」 「そう。あぁでも、悪さはしないよ。リーラが綺麗にしたから」  核を体外に取り出せば、テンシは死ぬ。しかし放っておくと、生き物に悪影響を及ぼす事例があった。だがギフトとなったこれは、リーラが特別な方法で浄化し、むしろ人間を守る物として活躍する。  浄化された事によって、ギフトを持った人間に天使は近づけない。元々天使が自らのために作った核が、逆に人間を守る手段となるなんて、ずいぶんな皮肉。だからこそ、彼女はこれを【ギフト】と呼んでいるのだ。  由香里は、人形が触れようとしたあの一瞬、手をたしかに拒絶したのを思い出す。これが無かったら、今頃どうなっていただろう。はじめての事ばかりで想像すらできないが、ぞっと寒気を感じる。 「そういえば、由香里さんすごかったね。人形の言う事聞かなかったの。ああいうの、意外に手を取っちゃう人多いんだよ」  たとえ相手が別人だとしても、大事な存在を出されると人は「もしも」を想像し、無意識に自分で可能性を作る。リーラはそれでも救うが、そのせいで恨みも買っていた。  すると、由香里は少し恥ずかしそうに、それでも悲しそうに微笑んだ。 「私たちね、一つ、約束をしてるの」  両親とは、交通事故で死別した。まだ六歳と10になって間もない自分たちは、母に抱きしめられた事で、奇跡的に無傷。しかし愛してくれた両親が死んで、しばらくは二人で泣き合った。  そんな中行われた葬儀で、皆口々に由香里たちへ「可哀想」と言葉を残す。しかし由香里はそれに対して疑問を持った。 「だって、私たちは助けられたんだよ。それなのに、可哀想は変じゃない?」  遺された自分たち。救われた命。残った事は、きっと可哀想じゃない。だから幼い満と約束をした。たとえ互いに死別したとしても、絶対に後を追わない事。遺された方は、必ず生を全うする事を、約束した。  だから彼女は「一緒に天国へ行こうと言ってた」という人形の言葉に、惑わされなかったのだ。 「……強いね、由香里さん」 「ううん。それに、リーラさんと天さんの事も、信じてたから」  そう言って笑った頬に、一粒涙が落ちる。天は慌てて拭った彼女の頭を、優しく撫でた。
/191ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加