家族の約束

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 風情ある丸い窓から差し込む日差しが、濃くなってきた。そろそろ外に出ようとした時、コツリコツリと、聴き馴染みある音が聞こえた。 「やあ、美味そうだ」  頭が予想した声が聞こえたと思えば、天の皿に残された残りの餡を、黒い指がひょいと盗んだ。目で追ったツバキを模した餡は、リーラの口の中に放られる。 「あっ私の!」 「ん~、働いたあとの甘い物は格別だね」 「あ、リーラさん」 「ずいぶん待たせてしまってすまない。全部片付いたよ。それでだが……あー……外に出ようか」  彼女にしては、歯切れ悪い。天は何故か溜息を吐くと、由香里に立ってと手で指示する。  外はやはりもう夕方で、小学生たちが楽しそうに走って下校していた。家の玄関前でリーラは立ち止まると、改まって由香里と向き合う。その顔には、いつもの笑顔が嘘のように消えていた。 「弟君の事だが……もう彼は、亡くなられている」 「あ……やっぱり、そう、ですか」  テンシ化していた場合は満自身と言えるが、人形は別だ。人形はあくまでその人物を模して作られる。満は治験中に異常を来たし、本体はもう処分されただろう。 「ユカリ君──」 「ありがとうございました」  小さな声を遮った由香里は、深々と頭を下げた。予想していなかった反応に、リーラはキョトンとする。どうして大切な弟の行方を知って、礼を言ったのだろう。  反応できないでいると、由香里は下げていた頭をようやく上げた。その表情は、言葉のままの笑顔。 「リーラさんは、私と弟の心を守ってくれました。本当に、ありがとうございました」  心からの言葉であるのは、誰が見ても分かる。恐怖や諦め、悲しみが無い。  リーラは開きかけた口を閉じ、形作った言葉を飲み込んだ。咀嚼したのは、謝罪の言葉。もっと早く動いていれば助かった命。そして由香里にとっては唯一の家族の命だ。だから恨まれ、打たれる気でいた。  今の彼女の気持ちが分かるのなら、この言葉は相応しくない。 「キミが無事で、良かった。そしてこの件の事だが、本拠地が分かった。近いうちにテンシ狩りたちと乗り込む。これ以上被害を出さないと、約束をしよう」 「はい……!」 「さて、疲れているだろうが、最後に一つ。後日、国から見舞金がキミの銀行に振り込まれる。何も言わず受とってほしい」  見舞金と称しているが、実際、半分は口止め料でもあった。本来はこの他にも、日常生活に支障がない程度にだが、情報漏洩を防ぐために国から定期的に視察される事となる。  今回は、由香里の性格を見て、リーラがその必要は無いと断言した。予想通り、何か察したのか、由香里は何も言わずに頷く。 「何か、キミからあるかな?」 「あっ……えっと、あの」  由香里は願うように胸元で汗ばんだ手を握ると、目線を左右に迷わせる。悩みに産んだ沈黙を、意を決して破った。 「また、会えますか?」  恐る恐ると言ったような望みに、リーラと天は驚いて視線を交わす。 「アマ君と会いたければ、あの喫茶店に行けばいいよ」 「リーラさんとは?」  本当だったらこんな出来事、はやく忘れて健やかな日常に戻るべきだ。さり気なくそう言ったつもりでもある。由香里もそれは分かっているだろう。だが会話を続けたという事は、食い下がる気が無いという意思表示だ。  リーラは仕方なさそうな息を小さく吐くと、足のポーチを探る。差し出したのは名刺。テンシ狩りではなく、宝石店のオーナーとしての物だ。 「何か用があったら、ここへおいで。お茶くらいは出せるから」 「! ありがとうございますっ!」  由香里は花咲くような笑顔で、大切そうに名刺を抱きしめた。
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