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由香里を無事見送ったあと、リーラは笑顔を解く。無意識だろうが、それを横目で見た天には理由がよく分かった。
(またあんな顔してる。別にお前のせいじゃないじゃん)
天は沈む影を見せるリーラの顔が嫌いだった。
犠牲者に対し、彼女はいつも真摯に向き合う。いつも明るく振る舞っているが、一人一人の死に敏感だ。そして今回のように、家族が死別する状況が、彼女の心を最も痛ませる。
地面を踏む靴を意識せず眺めていたリーラの視界が、後ろからの衝撃でブレる。なんだと背後を見れば、天が不満そうな顔でぶつかっていた。
「私に労いは無し? あんなに体張る気なかったんだけど」
「あぁ、たしかにそうだ。何が望みだね」
「飲み行く」
「……ん? 今からかい?」
「決まってんじゃん。全部リーラの奢りだからね」
天はリーラの腕に蔓のように手を絡ませると、駐車しているバイクへ引きずり込む。別に逃げる気はないが、彼にしては珍しい強引さだ。まだ上司へ報告する作業が残っているのを知っているはずなのに。
天はバイクにまたがり、ヘルメットを隠す寸前にポツリと呟いた。
「由香里さん助かったんだから、そんな顔するなよ」
まるで拗ねている子供のような声だった。天は逃げるようにヘルメットをかぶると、もう一つをリーラの腹へ押し付ける。彼女は呆気に取られたようにキョトンとしていたが、小さく吹き出した。
「キミは可愛いなぁ」
「可愛くないし、私は綺麗系だし」
「あはははっうんうん、可愛いね」
リーラはいつもの調子でカラカラ笑い、ヘルメットをかぶると天の後ろへ乗った。
「ありがとうね」
「お酒まずくなるから嫌なだけ」
「ふふふ、分かってるとも」
やっぱり誘わなければ良かった。優しくて安心したような笑い声に、天はそう後悔しながらエンジンをふかした。
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