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「鈴~!」
「あ、ミア君、翡翠さん」
遠くから駆けて来る二人に、紫の体液がある事に気付く。二人が回収してくれたのだろうと、ホッと胸を撫で下ろした。
「蛾の核は回収できましたか?」
「あれ、そっちので最後じゃなかった?」
「私たちは別のテンシのを回収しましたけど」
「こっちの蛾は落としませんでしたよ」
「え?」
「……あっ! あいつの本体、蛾じゃない!」
ミアは先程の光景をよく思い返す。相手にしたのは、真っ白な毛に覆われた人型のテンシ。
彼女はしくじりに気付いて、可愛らしい顔を歪める。てっきり、テンシの体に当たって蛾となったのだと思っていた。しかし記憶を繰り返し見てみれば、テンシは当たる直前に蛾となって、自ら体を散らしていた。
鋭い銃声と絶叫が少し遠くで聞こえた。返り血で紫のドレスシャツを汚しているのは、我らがリーダー。その背後へ、見覚えのある白いテンシが忍び寄る。
「リーラ、後ろ!」
回収した赤色の核を眺めていた彼女は、声に気付く。しかしテンシも声に押されるように襲いかかった。
リーラは振り返らず、足を高く後ろへ蹴り上げる。硬いブーツに包まれたカカトは、テンシの顎に直撃した。テンシは衝撃に真上を向き、ふらふらとバランスを崩す。彼女はその様子に不気味に口角を引き上げ、今度は思い切り腕を振った。握られているのは、巨大な鎌。まるで血を固めて研いだかのような真っ赤な刃をしている。
「地獄の中でおやすみ」
鈍い音が喉から出ると、白い体は上下で離れる。勢いよく噴射する血に紛れ、半透明な核が外へ飛び出した。テンシの体は無数の羽に包まれ、風に飛ばされていく。同時に、床に散らばった蛾の体も羽となって消えた。
リーラは口元に付着した血を、人間より少し長い舌で舐め取る。
「ん~……不味い血だ」
「ごめん、俺がしくじった」
遠くから駆け寄り疲労に背中を丸めたミアの頭に、リーラはポンと手を添える。
「虫嫌いは仕方がない。それでも、いつでも頭をクールにしたまえ」
「う……はい」
「だがそうは言っても、キミは一人じゃない。気負いすぎず、パートナーと助け合う事を忘れるんじゃないぞ」
「! もちろん!」
ミアは隣に立った翡翠を見上げる。彼女はそれに微笑み、頷いた。
今日、ここに数人のテンシ狩りがリーラの指示で集められた。最近騒がせている治験バイトの件だ。
先週手に入れた人形からの情報に基づいて調査した結果、敵の本拠地は建築中の建物に扮している事が判明した。工事中となれば、長期間滞在しても詮索されないからだろう。
さらにここは、人目に付きにくい田舎だ。山の奥で静かにさえしていれば、誰も邪魔できない。
「リーラさん、二人だけで大丈夫でしょうか?」
鈴が心配そうに、幕に隠された建物に視線を向ける。
集まったテンシ狩りは、ここに居る四人だけではなく、六人。ミア、翡翠、鈴はリーラを筆頭に、施設から出て来たテンシを狩る役目。残りの二人は、施設内の調査。生存者や治験に使われた物の回収、そして施設内の持ち主であり、実験に積極的に関わった山崎竜真の保護などだ。
彼らはもちろんリーダーの言う事は聞くし、テンシ狩り歴も長い。それを知っていても鈴が心配するのには、少し理由があった。しかしリーラは否定するように笑う。
「あの二人は口喧嘩が多いからね。だがほら、喧嘩するほど仲がいい、とか言うだろう?」
「たしかに、そうですけど」
「大丈夫。ヘマするような子たちじゃない。信じて待とうじゃないか」
いつもの調子で、大きな手がワシャワシャと夜色の髪を撫でる。鈴は乱暴な撫で方に少しくすぐったそうにしながらも、目線を再び施設の入り口へ向けた。
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