潜入捜査

2/3
前へ
/202ページ
次へ
「鈴~!」 「あ、ミア君、翡翠さん」  遠くから駆けて来る二人に、紫の体液がある事に気付く。二人が回収してくれたのだろうと、ホッと胸を撫で下ろした。 「蛾の核は回収できましたか?」 「あれ、そっちので最後じゃなかった?」 「私たちは別のテンシのを回収しましたけど」 「こっちの蛾は落としませんでしたよ」 「え?」 「……あっ! あいつの本体、蛾じゃない!」  ミアは先程の光景をよく思い返す。相手にしたのは、真っ白な毛に覆われた人型のテンシ。  彼女はしくじりに気付いて、可愛らしい顔を歪める。てっきり、テンシの体に当たって蛾となったのだと思っていた。しかし記憶を繰り返し見てみれば、テンシは当たる直前に蛾となって、自ら体を散らしていた。  鋭い銃声と絶叫が少し遠くで聞こえた。返り血で紫のドレスシャツを汚しているのは、我らがリーダー。その背後へ、見覚えのある白いテンシが忍び寄る。 「リーラ、後ろ!」  回収した赤色の核を眺めていた彼女は、声に気付く。しかしテンシも声に押されるように襲いかかった。  リーラは振り返らず、足を高く後ろへ蹴り上げる。硬いブーツに包まれたカカトは、テンシの顎に直撃した。テンシは衝撃に真上を向き、ふらふらとバランスを崩す。彼女はその様子に不気味に口角を引き上げ、今度は思い切り腕を振った。握られているのは、巨大な鎌。まるで血を固めて研いだかのような真っ赤な刃をしている。 「地獄の中でおやすみ」  鈍い音が喉から出ると、白い体は上下で離れる。勢いよく噴射する血に紛れ、半透明な核が外へ飛び出した。テンシの体は無数の羽に包まれ、風に飛ばされていく。同時に、床に散らばった蛾の体も羽となって消えた。  リーラは口元に付着した血を、人間より少し長い舌で舐め取る。 「ん~……不味い血だ」 「ごめん、俺がしくじった」  遠くから駆け寄り疲労に背中を丸めたミアの頭に、リーラはポンと手を添える。 「虫嫌いは仕方がない。それでも、いつでも頭をクールにしたまえ」 「う……はい」 「だがそうは言っても、キミは一人じゃない。気負いすぎず、パートナーと助け合う事を忘れるんじゃないぞ」 「! もちろん!」  ミアは隣に立った翡翠を見上げる。彼女はそれに微笑み、頷いた。  今日、ここに数人のテンシ狩りがリーラの指示で集められた。最近騒がせている治験バイトの件だ。  先週手に入れた人形からの情報に基づいて調査した結果、敵の本拠地は建築中の建物に扮している事が判明した。工事中となれば、長期間滞在しても詮索されないからだろう。  さらにここは、人目に付きにくい田舎だ。山の奥で静かにさえしていれば、誰も邪魔できない。 「リーラさん、二人だけで大丈夫でしょうか?」  鈴が心配そうに、幕に隠された建物に視線を向ける。  集まったテンシ狩りは、ここに居る四人だけではなく、六人。ミア、翡翠、鈴はリーラを筆頭に、施設から出て来たテンシを狩る役目。残りの二人は、施設内の調査。生存者や治験に使われた物の回収、そして施設内の持ち主であり、実験に積極的に関わった山崎竜真の保護などだ。  彼らはもちろんリーダーの言う事は聞くし、テンシ狩り歴も長い。それを知っていても鈴が心配するのには、少し理由があった。しかしリーラは否定するように笑う。 「あの二人は口喧嘩が多いからね。だがほら、喧嘩するほど仲がいい、とか言うだろう?」 「たしかに、そうですけど」 「大丈夫。ヘマするような子たちじゃない。信じて待とうじゃないか」  いつもの調子で、大きな手がワシャワシャと夜色の髪を撫でる。鈴は乱暴な撫で方に少しくすぐったそうにしながらも、目線を再び施設の入り口へ向けた。
/202ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加