潜入捜査

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 骨組みの中は、外見よりも広々としていた。見渡す白い廊下は綺麗に整備されている。埃がほとんど無いのを見ると、毎日定期的に掃除の手が入っているのが予想できた。  しかし、いやだからこそか、異様な光景だった。そんな綺麗な場所に、人間が何人も横たわっている。そのどれも外傷は無いが、目は閉ざされていた。  他と変わらず横たえたスーツ姿の男を、眼鏡を掛けた女の足が、転がすようにうつ伏せから仰向けにさせた。息をしているかの確認だ。乱暴なやり方に近くに居た壮年の男は、やれやれと溜息を吐く。 「おいヨアケ、そんな乱暴にしたら死んじまうぞ」 「これくらいで死ぬわけないだろ」 「まったく、足癖の悪い嬢ちゃんだなぁ」 「あ? お前は俺より歳下だろうが」  クツクツ笑う男の背中には、背丈ほどの刃。比べ、からかいに舌打ちをするヨアケと呼ばれた女は丸腰だ。  この見た目だが、二人ともテンシ狩り。そしてどちらも十年以上の暦を持つ。今日は多くの被害を出しているテンシ実験の拠点に来たが、予想していなかった光景だ。二人とも、描いていたのはこんな静かなものではなく、もっと血に塗れた地獄絵図だった。  完全な天使を作る過程で生まれる、失敗例のテンシ。そんな彼らが大量に生産されていると考え、死者の数もそれに比例すると思われた。  案の定テンシは無数に湧き、外で待機しているリーラたちが相手している。それなのに、施設内は血が一滴も落ちていない。一部屋ずつ見て回ったが、皆が一斉に目を閉じている。 「……忠徳(ただのり)、こいつら全員生存者って言えると思うか?」 「まあ、息はしているがなぁ」  忠徳の言葉は、確信しているようで思考を巡らせながらの言い方だ。  リーラからは生存者は皆、情報を得るために保護する事になっている。しかしこれは、果たして生存と呼べるだろうか。皆、文字通り死んだように眠っている。しかも幸せそうな表情で。  一つ、二人の中でとある説が生まれた。それは暦の長いテンシ狩りだからこそ、代表から教えられる事。何故天使は、わざわざ人間から天使を作ろうとしているのか。地上を【楽園】と化するために、人間から完璧な天使を作る必要があるのだと言う。  そして予想される【楽園】というは、話で聞いた限りこの状況と似ている。 「……まだ全部じゃねえ。りゅーまってヤツも探すぞ」  僅かな沈黙が互いの思考を合致させたが、ヨアケは否定するように遮った。忠徳はそれに仕方なさそうな笑みをこぼす。  これはもしもの話。単に、出来上がったテンシが似たような能力を持っているだけかもしれない。  半ば言い聞かせるようだったが、たしかにまだ全部屋見た訳じゃない。ヨアケも忠徳も、機械に疎い。そんな彼らが素人目に見て、厳重だと分かる扉が残されている。まるで大量の金塊でも隠しているのかと、疑いたくなる見た目だ。  一歩前に進んだ忠徳を、ヨアケが止める。 「センサーがある」 「よしよし、ぶっ壊してやろう」 「やめろバカ。衝撃で爆発でもしたらどうする気だ」  数年前、それで痛い目に遭ったのをまだ覚えている。忠徳は背中の剣へ回した手を、少しつまらなさそうに下ろした。  ヨアケは忠徳の前に立ち、眼鏡を外す。外す際に閉じた赤い目を開き、センサー元の機械を睨むように見つめた。すると、機械が端から白色に染まっていく。染まり終わったその体は、完全に石となっている。  眼鏡をかけ直した彼女は、見た物を石に変えるメデゥーサの末裔だ。視界に入った物を石化できる。しかし末裔であるため、その力は伝説に描かれるような強さはない。  生き物は数分しか石化できないし、使いすぎれば彼女の命を大きく削った。そして目を見ればというのも異なり、一枚でも何かが遮っていれば視線を合わせられる。眼鏡はそのためだ。  ドアに取手らしい物は見当たらない。その代わり、触れると数字が浮かび上がった。 「めんどくせえな。パスワードかよ」  この扉が最後だが、パスワードに関するメモは一切無かった。研究員が誰か一人でも起きていれば、脅すなりなんなりして吐かせられたのだが。  忠徳はニィッと嬉しそうに笑うと、剣の太い塚を握る。 「退きな、ヨアケ」 「あ?」  なんだと振り返った時、忠徳は背負った剣を引き抜く。その勢いのまま、彼は片手で巨大な刃を軽々振り落とした。衝撃波は風の刃と化し、鉄の扉にぶつかる。刃は風といえどかき消えず、その鋭さを変えずに分厚い扉を切り刻んだ。
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