虹色の核

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 この職に就いていると、必然的に何度か死を味わう。しかし彼はそのスリルを愛していた。だから、これで死ぬのは本望。ただし、なんの功績も無しにやられるほど、脳筋ではない。  忠徳は分厚く硬いコートを脱ぐと、駆け寄ろうとしたヨアケへ投げた。この距離では意味がないが、あれは弾丸を防げるほどの防御力がある。だから包まれば多少はマシなはずだ。コートに邪魔をされながら、ヨアケの怒鳴り声が聞こえる。しかし、それに混ざって別の聞き慣れた声が囁かれた。 「──上だ」  瞬間、頭上で組まれた忠徳の両手に、ブーツのカカトが勢いよく落とされる。190を超える屈強な体は、その力で強制的に地面に叩きつけられた。  地面に伏せた体に走る痛みは、すぐ起き上がれる程度のものだった。あれは敵の攻撃ではない。何故なら上への防御を促したのは、仲間の──リーラの声だったのだ。  見上げた先、直前まで自分が居た場所にリーラの姿があった。彼女は鎌で十字架を受け止めると、力の限り薙ぎ払う。建物は光に溶けるように粉々に崩れた。  二人に背を向ける形で着地し、顔だけを振り返らせてニヤッと笑う。 「キミが死ぬのはまだだ。ワタシの目の黒いうちは死なせんよ」 「はは……それじゃあ一生死ねそうにねえな」  リーラはそれにカラカラ笑うと、改めてテンシを見上げた。テンシは、その者の望みが姿になる。たとえは単純だが、鳥になりたいと思えば鳥に近い姿となる。しかしこのテンシはその特徴が見当たらない。  紫の瞳が、気になる物を見つけた。それは、テンシが両手で胸元に抱える巨大な石。核だ。しかしその色は今まで見た事のない、虹の色彩。 「あれは──」 「あ、あれを壊すな!」  背後からの小さな衝撃と共に、焦りに震えた声が飛んだ。足に縋り付くのは竜真。リーラは彼の胸ぐらを掴むと、乱暴に顔を引き寄せた。  竜真はアメジストの目の奥にある明らかな殺意と嫌悪に体を震わせ、本能が両手を挙げさせた。 「よう、einunerfahrenerArzt(ヤブ医者)……お前たち、何を産んだんだね」 「だ、大天使が、完成したんだ! そ、そそ、それがあれば、俺は、世界を」 「大天使だって?」  リーラは高揚した様子の竜真を遠くへ放り、大天使と呼ばれた相手へ向き直る。小さく舌打ちをすると、忠徳たちへ顔を振り向かせた。 「二人はリュウマを連れて、結界の外へ。コレはワタシが相手する」  未だ止めようと喚く竜真を忠徳が担ぎ、彼らは積もる瓦礫の外へ走って行った。  リーラは彼らを見届けると、目を閉じて深く呼吸する。そして力を込めるように丸めた背中から、パキパキと何かが弾ける音が聞こえたと思うと、真っ黒な翼が生えた。彼女の血には悪魔の力が混ざっている。しかしそれにしては、足元に落ちる羽の形が天使と似ていた。  リーラは地面を蹴ると、漆黒の翼を自分の体の一部のように使い、空を飛ぶテンシと肩を並べた。いくつかの目が彼女を見る。 「……? なんだ?」  妙な感覚だ。その目がまるで、縋っているように見える。そう思った瞬間、リーラは全身の毛穴がブツブツと震え立つのを感じた。その感覚に思わず自分を抱くように腕をさする。 (なんだこれは。恐怖……?)  だがおかしい。彼女は恐怖していないのだ。この感情は自身のものではない。外から流れ込んでくるようなものだ。  まさかと、リーラはこちらを見続けるテンシへ顔を向ける。 「オマエ、怖いのか?」  尋ねてから、違和感の正体に気づく。敵意が無いのだ。そして先程肌で感じた恐怖は、今はどこかへ消えている。それはおそらく、リーラがもう敵意を向けていないから。  そう、このテンシに敵意は無かった。あるのは、生まれた事への恐怖と戸惑い。そして突然現れた狩人の攻撃の恐怖だ。テンシが攻撃したのは、ただ抵抗するため。 「……分かった。攻撃をしないと誓おう。オマエを傷付けないと誓おう。だから、おいで」  リーラはテンシに手を差し伸べた。こういった場合、相手がいくら狩る存在だとしても、刃は向けない。それが彼女のモットーだ。  テンシは恐る恐る、輝くような真っ白な手を伸ばす。そしてお互いの手が重なった瞬間、胸元で瞬いていた核に亀裂が走り、弾け飛んだ。
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