大天使

2/3
前へ
/205ページ
次へ
 いつの間にか前に回られ、竜真の喉からひゅっと恐怖の音が鳴った。マスターは穏やかな笑顔で、律儀に会釈する。 「色々、貴方からお話をお聞きしたいのですが」 「お、俺が言える事は何も」 「あぁ、勘違いさせましたね。了承を得るための会話ではなく、今後の予定を言いたいだけです」 「は?」 「話を聞くために、家に招きます。ただ、その間喚かれると迷惑なので──」  マスターはそこで言葉を区切ると、静かに片手を挙げる。皆、それに応えて目を閉じた。全員の瞳が隠れたのを確認した彼は、いったいなんだと忙しなく左右する竜真の顔を両手で包んだ。  竜真の顔を向き合う形で固定すると、そこで初めて、マスターの目蓋が持ち上がる。そこに、。竜真は自分が見た光景に唖然とする。 「おやすみなさい」  そうしている間に声が聞こえたと思うと、意識が闇へすぅっと引きずり込まれた。  忠徳は肩がぐんと重くなったのを感じて目を開ける。担いだ竜真がグッタリしていた。  マスターは少し離れると、スマホで誰かへ通話を始めた。それによって終わったと理解したのか、皆も遅れて目を開く。誰も、マスターが何をしたのか尋ねない。それは暗黙の了解だった。やがて通話を終えると、マスターは振り返り親しげに笑った。 「みんな、今日も協力してくれて、ありがとう。あまり怪我はないようだけど、念のためそれぞれで確かめてね。それじゃあ、次の任務までゆっくり休んでほしい」  締めくくりの言葉のすぐあと、車のガスを吐く音が遠くから聞こえた。木々に隠れた山道から、一台の車がやって来た。車はマスターの背後で停まり、ゆっくり窓が開かれる。顔を見せたのは、円華と源郎だった。  瓦礫の散らばった現場に顔をしかめる源郎の肩口から、花のような笑顔で円華が顔を出す。 「みなさん、お疲れ様です!」 「やあ二人とも」 「……ずいぶん派手に暴れたな」  源郎の手厳しい感想に、リーラは肩をすくめる。彼の視線は、担がれて気を失った竜真へ向き、やがてマスターへ転がされる。マスターはそれに変わらず微笑みを返した。 「大丈夫、死んではいません。彼らもプロですから。それに、移動中騒がれては迷惑でしょう?」  殺すなと言った相手は殺さない。託された仕事は必ずこなす。もちろん相手の動きによって、五体満足でとは限らないが。  源郎はその一言で察したのか、口をつぐんで大人しく後ろのドアを開けた。マスターは後部座席に座らせた竜真の隣に座ると、最後に窓を下げる。 「それじゃあみんな、また。リーラ、その子の事、報告頼むね」  それぞれが会釈する中、リーラは葉巻を挟んだ手をひらひら振る。そうして車が山道の向こう側へ消えるのを見計らい、彼女は五人へ振り返った。 「そいつ、どうするんだ?」 「様子見だ。さて諸君、今日はここで解散だ。あ、そうそう、飲み会は予定通り行うから、空いている者はぜひ来てくれたまえ。ワタシは少し遅れるから、先に始めて構わないから」 「は~い」 「お疲れ様でした」  リーラは葉巻を口に移すとテンシを抱え直し、皆に見送られながら現場をあとにした。
/205ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加