大天使

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 人の気配が消えた夕方。山奥に密かに建てられていた研究所は、その頃には跡形もなくなっていた。散らかった瓦礫は迅速に片付けられている。まるで建物など最初からなかったかのようだ。そんな騒がしさが掻き消えたそこを、三人分の足が踏む。  クリーム色のスーツは、田畑しかないここにはあまり馴染まない。小綺麗な見た目の男は、右手で作った拳を、ぶるぶると震わせていた。  片方の手を繋いだグレースは、その怒りで震える彼を心配そうに見上げる。 「ギヴァー……大天使の場所、分からなくなった。ごめんなさい」  申し訳なさそうに下がった頭を、ギヴァーは優しく撫でる。 「お前のせいじゃないよ。僕の人選ミスだ」  日本は他国に比べ、天使という存在にあまり執着が無い。そんな中、ここ数十年でようやく足を伸ばせるようになった。  本格的に天使作りをする際、協力を募った数人。その中に混ざった竜真は、人一倍天使作りに精を出してくれた。そんな彼とはいい関係を続けられると思ったが、それはギヴァーの思い過ごしだった。  楽園に必要不可欠である【大天使】。人間界で大天使が生きるためには、人から天使となった器が必要だった。様々な失敗作を生みながらも、ようやく完成に身を結んだ。しかし竜真は、その圧倒的な力の前で魔がさしたのだろう。  彼は強大な力を独り占めしようと、ギヴァーに無断で、器である玻璃をここに連れてきた。つまりは、裏切ったのだ。  それを知り駆けつけたが、すでに竜真はおろか建物すらなくなっている。テンシ狩りに先を越されたとすぐ理解できた。 「やれやれ……あの子に味方する元天使、厄介だな」 「…………ギヴァー様。後始末は」  潰されたような、聞くに耐えない掠れた声が二人の後ろから投げられる。それはギヴァーと似ているスーツを着た少年。帽子を目深にかぶっていて、顔は見えない。  杖をついた白い手袋をした手が、何か耐えるように痙攣している。 「あぁ、すまないノア。すぐ済ませる」  ギヴァーは右手を上げると、パキンと指を鳴らす。 「さあ、帰ろう。と思ったが、せっかくだし、少し観光しようか」  無駄足だったが、かと言ってこのまま黙って帰るのはもったいない。せっかくだし、あまり来る機会の無かった土地を楽しく歩いて、思い出を作る時間にしよう。  グレースは思ってもなかった定案に、緑と黄の混ざった瞳を丸くする。 「本当?」 「ああ。ノア、お土産を買っていくよ。ホテルへ行けるかい?」  本当は一緒に行きたいが、彼はあまり長時間動くとつらい思いをする体だ。ノアは何も言わずにコクンと頷く。駅に向かった二人の背を見たあと、帽子の影から覗く青緑の右目が周囲をキョロキョロした。何かを探しているように見える。  しかしなんの成果もなかったのか、やがて諦めるように目は影に隠れた。 「どうした?」  立ち止まってこちらを見たギヴァーに首を横に振り、ノアは彼らの元へ向かった。
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