16人が本棚に入れています
本棚に追加
/191ページ
怪しい実験
リーラは次に、ポーチからナイフを取り出す。壁で項垂れる男の胸元に開いた、血が垂れる穴へ突き立てた。赤紫の刃は、骨を無視するかのように弾痕を広げる。指が二本入る程度に広げると、遠慮なく指を突っ込んだ。
しばらく漁り、指先にコツンと硬い物が当たる。器用に摘んで引き抜いた長い指に、血と共に絡んで出て来たのは、月明かりに眩しく反射する石。
「ふぅん、透明か。いいじゃないか」
球体に歪さはあるものの、やはり美しい。屈折した月光が、中身を覗き込んだ紫の瞳に落ち、アメジストのような煌めきを見せた。
この石は、テンシ化した彼の心臓代わりの核。リーラはこれを、皮肉を込めてギフトと呼んだ。テンシはギフトを失わない限り、腕や頭が吹っ飛んでも再生し続ける。だから最後は必ず体外へ取り出し、破壊する必要があった。ギフトの種類は様々で、彼女はこれを始末せず、いつも大事に回収する。
止めどなく流れていた血が、白く光を纏った。やがて男の体を包み込むと、無数の羽となり、風に吹かれると暗闇に散った。
リーラはそれを見届けると、ギフトをポーチに入れる。適当なゴミ箱に腰を下ろし、今度はベルト部分を漁った。
取り出されたのはジッポライターと葉巻。口に咥えると慣れた手付きで火をつけ、ゆっくりと吸った。そうして深く吸った煙を、こちらを見据える月へ向けて吐き出す。本来葉巻はタバコと違って、煙を肺に入れない。だがこれは彼女専用で、こういった楽しみ方をする。
葉巻が半分程度燃えた頃、リーラはようやく腰を上げて家路を踏んだ。
無人でも、大通りに出ればネオンが絶えない新宿。眠らない街と聞いた事があるが、本当にその通りだ。そんな特徴があるからこそ、人目を忍ぶには持ってこいだった。人の中には、人を隠すのがいいと言うだろう。
足は様々な細い路地を曲がる。その道は奥まっていて、冒険しなければ視界にすら入らないだろう。テンシ狩りという仕事は、ひっそり行わなければならない。天使が実在して、彼らに理性を奪われた化け物が居るだなんて言って、誰が信じる。信じたとして、世界は混乱するだけだ。
天使とテンシ。名前がほとんど一緒でややこしいが、どうにもしっくり来るから困る。
天使は天界に住み、人間に程よい幸福を授けてくれる存在として、古代より有名だろう。絵画に描かれていたり、最近では様々な分野で見かける気がする。
天使は良い存在。それはもちろん正しいのだが、全員がそうかと聞かれれば、残念ながら違うと答えなければならない。
それは一定数の天使が、とある計画のため【テンシ】を生み出し始めたからだ。テンシとは、人間である。まだ未知な事が多いが簡単に言うと、天使になり損なった者。天使の慈悲によって、その人間は天使になる。
しかし人間の器にとって、授かった力は膨大すぎるのだ。耐えられず暴走した結果、天使とは程遠いバケモノと化す。
力に溺れて暴走したテンシの始末を、天使はしない。だからテンシ狩りという組織が出来上がった。
(まったく、よくよく考えたら、天使どもの尻拭いじゃないか)
最初のコメントを投稿しよう!