怪しい実験

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 細道を抜けた、影になった通り。そこに一軒、店が建っていた。黒と銀の渋い看板は『ロイエ』と掲げている。そこは、リーラが狩人の姿を隠すために営業している、宝石店だった。  ベルトに括った鍵束から、アメジストが中心を飾る鍵が選ばれる。鍵穴に入れて回すと、重たいドアが開く。主人の帰りを、ドアに付けられた鐘が上品な音で迎えた。 「ただいま」  一人で経営している店内からは、当然返事など無い。それでもリーラは、必ず商品の宝石へ声をかける。  所狭しと並ぶショーケースには、様々なデザインのジュエリーが静かに煌めきを放っている。この美しさが彼女は好きだ。そして、これが誰かに身に付けられる姿を人一倍愛していた。新しく徴収したこの石も、加工を施してここの仲間になる。  普段と変わらず美しい石を眺めながら、葉巻を一本吸い終わる頃。背後でドアベルが鳴った。リーラは慌てて僅かに残った葉巻の火を消し、振り返る。鍵をかけ忘れたか。 「申し訳ありません、お客様。本日はもう閉店して──」 「久々に聞いたなぁ、その営業口調」  思わず捲し立てた言葉を遮ったのは、男の声。少し揶揄いの色を含んでいるそれは、友のものだ。  こんな夜中にドアベルを鳴らしたのは、亜麻色の髪をした男。肩までの髪は光に触れると、不思議に金色を帯びて見える。見知っていてもこの時間では珍しい客人に、リーラは驚いたようだったが、すぐいつもの調子でニヤリと笑った。 「礼儀正しいだろう? アマ君の前では、これでいてあげようか?」 「鳥肌立つから却下で」 「ひどいな」  リーラは相変わらずな辛辣さにカラカラと笑う。消してしまった葉巻を捨て、新しい物に火をつけると、カウンターに隠れた椅子に座った。 「あ、化粧落としてないんだ?」 「ちょうどこれからさ」 「疲れているところ、すまないリーラ。準備していたら遅くなってしまって」 「おや? キミまで来るとは。いらっしゃい、ユウガ君」  (あま)の背は、ドアまで届く。そのせいか、後ろに居る人物に気付かなかった。一度も染めた事の無い黒髪は、この時間ではより一層闇に溶けて見つけにくいのもある。  リーラは申し訳なさそうにする優牙(ゆうが)に、気にするなとひらひら手を振った。椅子から腰を上げ、レジ横の奥にある扉を開ける。彼らが揃ってこんな時間に来るという事は、単に暇つぶしではない。 「おいで、ついでに何か出すよ」 「私抹茶がいいな」 「それは自分で用意したまえ」 「ケチ」  天は口を尖らせる真似をする。側から見たら不機嫌そうな顔だが、優牙はそれが真逆の感情なのを知っている。彼らの仲は、リーラが日本に来た十数年前から。天が一方的にだが、喧嘩するほど仲が良いという言葉が似合う関係だ。  嫌いではなく素直じゃないだけで、今日も夜にロイエを訪れる提案をすると、天は面倒くさがる素振りをしていたものの、どこかそわそわしていた。
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