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壁にほどよく紛れたドアをくぐれば、そこはソファがローテーブルを挟んだ客室。4畳程度だが、物の配置のためかあまり狭くは感じない。
天は早速ソファに腰を下ろし、隣に優牙も座った。ここは、リーラが本業のために使っている部屋だ。小さな空間には、壁掛け時計が針を刻む音は大きく聞こえる。
「優牙、あれから進展あった?」
「いや……」
「そっかぁ」
天は大きく溜息を吐くと、気だるそうに頬杖をつく。同じように、優牙も小さく息をこぼした。
コツコツとしたヒールの音に振り返ると、紅茶の香りがふわりと部屋に漂う。奥にあるキッチンから、リーラが戻ってきた。手にはティーカップとチョコレートが乗った盆を持っている。
「元気が無いな。チョコと紅茶はいかがかな?」
リーラは二人と向かい合うソファに腰を深く下ろし、長い足を組むと紅茶を啜った。習って優牙たちも飲む。カモミールにミルクを混ぜたらしく、爽やかでいて濃厚だ。
「それで……テンシについて、何かあったみたいだね?」
「ああ、多分」
煮え切らない肯定に、リーラは訝しむように片眉を上げる。
優牙たちがテンシという単語に対し、何の違和感も持たないのには、理由があった。二人とも形は多少違うが、天使の被害者なのだ。どちらもリーラの手で救われ、礼として、テンシ狩りに協力をしている。
彼らは喫茶店を運営していて、世の中に流れる様々な情報を耳にできる。その中から、テンシに関連のありそうな情報を、リーラへ提供しているのだ。
「まだ確かじゃない。ただ、そうでなくても、ひとまず今の段階で頭に入れておいてほしいんだ」
「アマ君の嗅覚には、いつも助けられているからね。聞かせておくれ」
事の発端は、大学生だと思われる客人の会話。彼らはバイトを探している最中のようで、注文したケーキを一口食べてからはスマートフォンに夢中になっていた。
最後の学生生活を有意義に過ごすため、彼らが求めるのは楽な高額バイト。そんな条件は誰もが求めるが、中々見つからない。しかし何万ある求人から、隅に潜んだ目的の物を探し当てた。
「治験のバイト、なんだってさ」
「ちけん?」
「新薬を試すバイトだ」
「実験体か。日本も大胆だね」
「大きく言えばそうかもしれない。ただメリットもあって、持病を持つ被験者が参加後には治ったという例もある。まあ……とはいえ、副作用が無いとは言えないけれど」
「どんな仕事にも危険は付き物だよ」
その分、通常のバイトよりも受給額が高い。しかし疑問に持ったのは、その治験バイトが少し特殊だったからだ。
週一の通院型と入院型を混ぜたものだった。週に一回、指定の病院へ行き、一日入院をする。報酬はそのたび支払われるそうだ。入院費、食費など全てバイト先が負担し、さらに報酬は一回三万と、類を見ない高額さ。
「様子見てたけど……何人か、いくら待っても帰って来ない人がいたよ。明らかに変」
「ふむ、たしかに変だ。しかし、テンシの関係性が見えないが」
「天が、天使だとバレた」
「なんだって?」
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