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彰人の血色の悪い寝顔を幾晩か眺めて、私は静かに決心をした。彼が一人で出かけている隙を狙って、部屋を綺麗にする。ピンク色の歯ブラシを捨て、自分の所持品を荷物にまとめた。鏡越しに腫れぼったくなった瞼を見つめる。それでも、心に迷いはなかった。
この家を出ていく。彰人が雨の絵を描けなくなった要因は自分にあると、とっくに気がついていた。才能を見失い、日増しに弱っていく彼を間近に、現実から目を背けることはもうできなかった。
最後に、椅子に座って、がらんと片付いた部屋を見渡した。二人で食事を囲んだ机の上には、小さなクロッキーブックが一つ置かれていた。アイディアが行き詰まった時にそれぞれの好きなものを描いたり、その日の予定とか、コンビニで買ってきて欲しい物とか、どうでもいいことをメモしたりするのに使っていたクロッキーブック。二人の思い出がいっぱい詰まっていた。私はクロッキーブックの真っ白なページを一枚破ると、彼へのメッセージを記した。
玄関のドアを開けた。相変わらず、青々とした空が目の前に広がっていた。容赦なく照りつけるまばゆい光に目を細めながら、私は一歩を踏み出す。晴天の日に似合わぬ雫が、私の頬を濡らしながら。
「あなたのもとに、雨が降りますように」
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