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「今日の午前中は、にわか雨にご注意ください」
朝の情報番組を横目に、歯を磨く。窓の外に目を向けると、確かに雲行きが怪しい。だが、今日は起きた瞬間から、出かけると決めていたのだ。クローゼットから着ていく服を選ぶ。気分は、ゴッホのひまわりのような黄色。明るいストライプのシャツに身を包み、私は傘を持たずに家を出た。
電車に乗ること30分。地上へ続く階段を登ると、オフィスが立ち並ぶ小綺麗な街並みが姿を現す。これだけでも充分、素敵な空間であるが、ところどころに顔を覗かせるパブリックアートが、より一層この街の魅力を引き立てている。透明人間のような人型の彫刻、不思議な形をしたオブジェ、マンホールや店のシャッターに描かれた色彩豊かなデザインの数々。訪れる度に新しい発見がある。雲の切れ目からは日が差し始めていて、雨が降る気配は全くない。
余所見をしながらふらふらと歩いていたが、目的地にはすぐに辿り着いた。一見、何の変哲もない、そこそこお洒落なカフェ。しかし、一歩足を踏み入れると、個性的な作品たちが客を迎え入れてくれる。そう、ここのカフェにはギャラリーが併設されているのだ。私が制作で行き詰まった日は必ずここに来る。
久しぶりの訪問ということもあって、作品はがらりと入れ替わっていた。すべてボールペンで描かれた細かい絵や雑誌の切り抜きを使ったコラージュなど、まさに現代アートというべき芸術が連なっている。
その中で、私は壁に飾られた一枚の絵に心を奪われた。それは、雨の絵だった。
おそらく、雨の日の公園を描いた風景画。すべり台がぽつんと一つ、雨にさらされている。降りつける雨の線や水溜りに映る微細な光の反射までもが、水彩によって巧みに描かれている。何より、繊細な筆致とどこか切なさを感じさせる色使いに、胸が締め付けられるような思いがする。こんなにも心を揺さぶられる絵に、未だかつて出会ったことがない。私は額を前にして、引きつけられた磁石のように、その場を一歩も動けずにいた。
どのくらいの時間が経っただろうか。ふと背後に人の気配を感じた。振り向くと、私のすぐ後ろに、一人の男性が静かに立っていた。細くて背の高い人だった。無造作に伸ばした髪が目にかかっていて、表情がよく読み取れない。黙ってその場に佇む様子は人形のようで、白いシャツに黒のスキニジーンズといったシンプルな装いもひどく無機質に感じられた。不確かで、儚げな存在。私は一目見た瞬間から、彼がこの雨の絵の作者だと、直感的に理解した。それが、初めての彼との出会いだった。
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