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「まあまあ綺麗になっただろ。」
大急ぎで片付けたおかげで、それなりに部屋の中は綺麗になった。
男友達だったらこれで充分だったが、女の子を連れ込むにはこれで大丈夫なのか、まだ彼女と付き合った事のない暁治には分からなくて、聊か不安だったがもう時間もないし、仕方がないと割り切った。
その時だった。
「これからお客さんが来るの?」
そう彼の耳元で女の声が聞こえたのである。
暁治はゾっとして辺りを見回したが、勿論彼以外の人間は誰もいなかった。
(きっと聞き違いだろ。ここのアパートはボロいし、きっと建物が軋んだ音が女の声っぽく聞こえただけだ!)
彼は必死に自分にそう言い聞かせた。しかし、その暗く湿っぽい女の声がどうしても耳の底に残って消えなかったので、暁治はその部屋に残っているのが嫌になって、外に飛び出した。
外に出ると彼の体をむわっと湿った生温い空気が包み、同時にアパートの端で声の大きなおばさんが近所の人を捕まえて大声で噂話をしているのが聞こえて来た。
「ねえ、言ったでしょう?あそこの奥さん、やっぱり不倫をしているって!茶髪の若い男とベタベタ手を繋いでいる所を私は見たんだから!本当に今時の若い人って信じられないわ。貞操観念って言葉を知らないのかしら…。」
普段は煩わしいとしか感じないそんなおばさんの声も、今の暁治には一気に日常が戻って来たようで有難かった。
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