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東の空から月が昇り、茉莉はふたたび碌迷館の門をくぐった。今日は諸戸も一緒だ。
庭園は月明りの下で相変わらず美しく輝いており、その姿は甘い蜜を出して獲物をおびき寄せる食虫植物を連想させた。茉莉はうすら寒いものを覚えて身震いした。
「いた、彼だ」諸戸が言う。
諸戸の視線の先に芳雄がいた。噴水のそばに立って周囲を見回している彼の様子は、誰かと待ち合わせをしているようでもあり、次に誘い出す獲物を探しているようでもあった。
「芳雄」
茉莉が声をかけると、芳雄は笑みを浮かべて手をあげた。心なしか笑顔が固いのは諸戸が一緒にいるせいだろうか。「茉莉。来てくれたんだ」
「昨日言ったこと、考えてくれた?」
「この前も言ったけど、僕はここを離れるわけにはいかないんだ」
「畔柳博士に脅されているから?碌迷館から逃げ出したら殺すって」
芳雄がぎょっと目を見開いて茉莉の顔を見た。「違う、そんなんじゃない。僕は単にお父さんに会いたくないだけなんだ。家に戻るよりここにいた方が幸せだから、それで…」芳雄は否定したが、その態度が逆に茉莉の言葉が真実であることを告げていた。
「だったらどうしてそのペンダントをつけてるの?お父さんから貰った大切なものだから、お父さんが忘れられないからつけてるんじゃないの?」
芳雄がはっとした様子で胸元のペンダントを握りしめた。「それは…」
諸戸が優しい声で芳雄に話しかける。「君は畔柳博士に子供を連れて来るように言われていたんだね」
俯いたまま何も答えない芳雄にむかって諸戸は言葉を続けた。「碌迷館から戻ってきた子供たちが、その後どうなっているのか君は知っているかい?」
「凶暴になって帰ってくるの」と茉莉。「戻ってきた子たちは、強盗や殺人なんかでみんな逮捕された」
芳雄は驚いた顔で茉莉を見た。碌迷館から戻って来た子供たちのその後については何も知らなかったらしい。
三人のそばを子供たちが走り抜けていく。遠くの方から銀河鉄道の汽笛が風に乗って聞こえてきた。
「芳雄」茉莉が芳雄にむかって手をさし出す。「碌迷館に捕まっている子供たちを連れて一緒に逃げよう。そしてお父さんに会いに行こう」
芳雄はしばらくの間逡巡した後、茉莉の手を握り返した。「分かった。ありがとう茉莉」
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