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大正十三年十月。
朝から降り続いていた雨はようやく上がり、夜空には黄色い満月がぽっかりと浮かんでいる。
月光に照らされた山道に人の気配はない。夜露に濡れた葉がこすれる音と、フクロウの鳴き声が時折聞こえてくるくらいだ。
少年はその寂しい夜道を駆けていた。家からここまで休憩なしに走って来たので、靴は泥で汚れ、もう息も絶え絶えだったが、それでも彼は止まらなかった。顔を上げ、短い手足をがむしゃらに動かし続けた。
父親が夜中に高熱を出して倒れたのだ。
残念ながら少年が住んでいる村に医者はいない。だから早く麓の町まで医者を呼びに行かなければならないのだ。ふらつく足に鞭を打ち必死で前に進む。
少年の脳裏に父の姿がよぎる。母が病で死んでから、男手一つで自分を育ててくれた優しくて厳しい父の姿。少年は涙がにじんだ目をごしごしと擦り、胸元のペンダントを握りしめた。六歳の誕生日のときに父が作ってくれた、木彫りのフクロウのペンダント。
どのくらい走り続けた頃だろうか。ようやく眼下に町の明かりが見えた。
これでもう大丈夫だ。お医者様がきっと父を助けてくれる。少年の顔にほんの少しの安堵の表情が浮かんだその時だった。
ふいに背後から黒い影が現れて、少年を羽交い絞めにした。
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