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 「茉莉ちゃん。朝ごはんここに置いておくから、ちゃんと食べるのよ」 扉の向こうから母が話しかけてくる。  茉莉はパソコンから顔を上げて扉に目を遣った。口を開き返事をする。  わかった。ありがとうお母さん。  けれど残念なことに、その言葉は彼女の口から発されることは無かった。その代わりに彼女の喉からは「…っ」と声にならない悲鳴、あるいは親指サイズの小人のしゃっくりのような音が漏れた。  扉から遠ざかっていく母の足音が聞こえる。茉莉は小さくため息を吐いて頭を振った。来年にはもう中学生になるというのに、なんて情けないのだろう。パソコンで再生していた映画はいつの間にか終わっており、エンドロールを迎えていた。泣きそうな自分の顔が黒い画面に反射して映っていた。  毎日毎日この繰り返しだ。一年前に父が交通事故で死んで以来、茉莉は引きこもりになり、母とは一度も口をきいていない。べつに父の死因に母が関係しているだとか、母に不満があるだとかではない。おそらく行き場のない悲しみを母にぶつけているだけなのだと思う。今日こそは返事をしようと口を開くのだが、なぜか母を前にすると何も言えなくなってしまうのだ。  こんなどうしようもない自分を、けれど母は気にかけてくれる。返事が返ってこないことを知りながら、毎日扉越しに話しかけてくれる。その優しさが今の茉莉には苦痛だった。いっそのこと冷たく突き放してくれたらどんなに楽だっただろう。  茉莉はエンドクレジットを最後まで見ずに再生終了ボタンを押した。  ──エンドロールが終わるまでが映画だよ。  ふと、昔父がよく言っていた言葉が脳裏をよぎる。  大の映画好きだった父は暇さえあれば、茉莉を自分の膝の上に乗せて映画鑑賞をしていた。アクション映画、ロマンス映画、コメディ映画。茉莉はホラー映画は少し苦手だったが、父と一緒にいたい一心で怖いのを我慢してみていたのを覚えている。  けれどエンドロールを見るのだけはどうしても出来なかった。映画館でも家でも、エンドロールが流れ始めるとすぐに席を立ったものだ。  「文字だけの映像なんて、ぜんぜんおもしろくない」  そう言って茉莉が頬を膨らませると、父は「いつか茉莉にも分かる時が来るよ」と笑った。  その“いつか”は残念ながらまだ来ていない。もしかしたら永遠に来ないのかもしれない。
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