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 茉莉はため息を吐いて、ディスクドライブから取り出されたDVDをケースに仕舞って本棚に戻した。  ベッド脇にある、茉莉の身長よりも大きな本棚には、所狭しと映画のDVDが詰め込まれている。全て父が生前集めていたものだ。千本、いやもっとあるだろうか。茉莉はその本棚の、ちょうど茉莉の目線の位置──一番取り出しやすい位置に置いてあるDVDを取り出した。  ほかのパッケージ版のDVDと違い、それは透明のケースに入れられていて、ディスク自体にもレーベル印刷はされておらず真っ白である。  茉莉の父は映画監督だった。といっても売れっ子というわけではなく、趣味で撮っているだけと言った方が正しいかもしれないが。  そんな彼に転機が訪れたのは五年前のことだ。  彼が三十六歳の時に撮った『永遠の春』という作品が、その年の邦画興行収入ランキング一位に輝くという異例の大ヒットを記録したのだ。予算数百万円のインディーズ映画でありながら。  周囲は父を天才だ、奇跡の人だともてはやしたが、物事はそう上手くはいかなかった。『永遠の春』以降に撮られた作品がどれも、世間の期待値を越えられなかったのだ。二作目以降の作品は全て鳴かず飛ばず。次第に父は世間から見放され、一時は足繁く家に通っていた映画の業界人もぱったりと来なくなった。  それでも父は映画を撮り続けた。「一発屋」だの「あれはまぐれ当たりだった」だのと心無い言葉を投げかける世間に負けることなく。  DVDをパソコンにセットすると、画面上に“ノスタルジア”の文字が浮かび上がった。  これは父の遺作だ。それも未完の。  父は『ノスタルジア』の撮影を初めてまもなく死んでしまったので、映画は冒頭の十分ほどしか撮られていない。けれど茉莉はこの作品が大好きだった。もう何回見返したか分からない。一万回か、あるいはそれ以上か。  スチームパンク風の世界観や、少しダークで幻想的な雰囲気など、好きな要素を上げればきりがないが、一番大きな理由はこの作品に父が出演しているからだろう。主人公の父親役として。ほんの一分程度だが、暗い山道を走る主人公の回想シーンにちらりと父の姿が映るのだ。つらい時や、夜中に孤独に押し潰されそうになった時、茉莉はこの映画を観た。父はいつだって画面の向こうから茉莉を励ましてくれた。
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